漫画「湾岸ミッドナイト」・第27巻より。
「まっすぐ行けば間違いなく幸せになれるのに、その幸せかを失うのが怖くてアレコレ理由をつけて先に降りたのよ。ああ、結局、それ享受する本人の容量しだい、キャパなんだなって。受けとめられないから、自滅していくそれだけだと。」
「乗り手とクルマ、互いがうまく噛み合う。つまり、容量が一致する。それが大事だ。人と人ともそうだろ。どんなに魅せられても、それが手に余る相手なら、いつか必ずどこかで破綻するんだよ。」
乗り手とクルマがお互いに噛み合う。
それは、潜在意識の中にある自己イメージと将来に思い描いているモノとが一致する事である。
乗り手がイメージした動き通にクルマが反応してくれると言う事であり、これが、イメージした以上の動き(スピードが出過ぎたり、クルマの動きがクイックし過ぎたり)を一瞬にして、動きが破綻する。
これは、クルマのポテンシャルを十分に把握していない乗り手の問題もあるが、そのクルマを受け入れるだけのキャパを有していない事を指している。
例えは悪いが、簡単に言うと国内レースのスーパーGTでは、500クラス(500馬力)と300クラス(300馬力)に別れている。
この境界線が、ドライバーのキャパの容量を指していると思う。
(500クラスは、300クラスより、資金がいるので国産三大メーカーや海外の自動車メーカーがメインで参加しているので、ドライバー数も自然と決まってしまうので、けっして300クラスのドライバーが格下と言うわけではないです。)
人と人とも同じように、自分より、魅力があって才能がある人を活かす事は難しい。
活かしきれないのは、自分の自己イメージより、相手の自己イメージの方が高いからである。
その違いによって、いずれは相手を受け入れる事が出来なくなり、お互いの関係が破綻してしまう。
同じような人達が友人になるのも、この自己イメージの領域のキャパが同じなので、一緒に居ても居心地が良い。
その反対に、自己イメージの領域のキャパが違う人が一人だけ混じると、その人は居心地の悪さを感じるだろう。
簡単に言うと、知らない者同士の食事会で、服装は自由なのに対して10人の中に9人スーツ姿で、一人だけラフなGパン姿だと、Gパン姿の人は居心地の悪さを感じるように。
自己イメージが高いと言う事は、相手は自分に見えていないモノまでイメージする事によって、行動範囲が広く、広い視野を持っているので、状況によって適切な判断と行動が出来る。
自己イメージが高いと言う事は、恐怖や不安を感じる事が少なく、自由に行動出来、心地よい場所を得やすい。
漫画「湾岸ミッドナイト」第28巻より。
「声に出して言う事で、自分で認識する。心の中で繰り返しても結局その意味はわからない。本当の気持ちは自分でもわからない。」
心の中で繰り返し思っているだけでは、何も見えてこない。
声に出して言う事で、耳から入り、頭の中で整理して認識する。
整理する事で、新しい何かが見えてくる。
それによって、本当に自分の気持ちが見えてくる。