濱人日和 -27ページ目

濱人日和

自分の好きな物事について、気が向くままにゆったりまったり書いていこうかなと思います。

5/20に書き上げようとするも間に合わず、改めて加筆等をし、本日6/5に掲げることにしました。
我らがキャップ、石川雄洋さんについてです。


さて、何から書きましょう。


まずは個人的に石川さんについて振り返ろうかと思います。(先に書いておきますが、敬称なしになるところがあります。)

石川さんを応援するきっかけは、自身が横浜で生まれ育ち、1999年に野球を見始めて横浜ベイスターズファン、鈴木尚典さんのファンになったことにあります。
尚典さんを中心に横浜を応援し続け、その尚典さんが2008年で引退をし、同年で川村さんも引退、石井琢朗さんは退団ということがあり、その先誰を応援するかという中で現れたのが石川さんでした。
長年石井琢朗が守り続けていたショートを守ることとなった石川に当時多くのファンが期待をし、その若さあふれるプレースタイルに多くのファンが惹かれ、自身も惹かれました。
さらに石川さんは静岡県からの横浜高校の出身であったこと、さらに"7"を引き継いだことから応援するのは必然でした。




初めて買ったユニフォーム(レプユニ)は石川さんのもので2010年に買いました。
その年の成績は通算で最高とも呼ばれそうなもので、3割近い打率(.294)と36盗塁を記録し、梵さんと盗塁王争いをしていました。(守備のことは目を瞑りましょう。)

チームが2012年シーズンから横浜DeNAとなり、初代キャプテンに。(その年のキャンプで初めて直接お会いし、ユニフォームにサインをしていただきました。)
守備位置が遊撃手かり二塁手に変わり、山崎憲晴さんとの同級生二遊間は大好きでした。
キャプテン就任後のチームの成績は6→5→5とよくありませんでしたが、そもそもベイスターズが横浜にいること、「ダグアウトの向こうで」もあり、よりチームや石川さんを身近に感じることができていました。

その後は2015年に筒香にキャプテンを引き継ぎ、チームを裏から支える立場、若いチームの中ではベテランと呼ばれそうな立場に。
開幕当初は「石川くじ」なるものがあったもののシーズン途中で離脱、チームも前半戦首位からの最下位のジェットコースターな一年でした。

そのオフに中畑監督からラミレス監督に代わり、出場機会が減っていきます。
2016年に柴田・エリアンの加入で出場機会がさらに減り、セカンドのレギュラー流動的に。
2017年にチームは日本シリーズに進出するもそこに石川雄洋の名はなく。
達成は余裕だろう思われていた1000本安打も牛歩状態に。

本人も言っていたことですが、立場としてはいつ戦力外となってもおかしくない立場、ただそれでもファンからすればその輝きは衰えておらず、小技・走塁と言ったら石川雄洋!といった感じで、名前が呼ばれれば球場が沸き、何か起こしてくれると期待感がありました。

そして2019年、その輝きチームにとって必要不可欠に。(SIETE BRILLANTE.)
4月末にチームは10連敗で、白星の見えない暗闇の中、そこに光を射してくれた、まさにヒーロー。

そこから雄洋が「幸運の置き物」にでもなったかのようにチームは調子を上げていき、8月頭には首位巨人とのゲーム差3.5として首位攻防戦を迎えました。
この時の通算安打数は998本で1000本安打まではあと2本。(石川さんが一軍に昇格した4月末あたりからずっとTwitterの名前に#takemeterを付けてカウントダウンをしてました。ヒットを打つだけでめっちゃテンション上がって、同級生の涌井さんとの対戦はワクワクしました。ただチームの調子とは反対に、本人の調子はよくなく、一軍に居続けるものの安打数は牛歩でしたね。)

初戦は6回に代打で登場し、菅野から安打を放ち王手、この安打を機にチームは逆転勝ち。
二戦目は8回裏に代走で登場し、決勝点となるホームを踏む。

三戦目、この日はライトスタンドにいました。
この日に決められなければチームは遠征でなんとか決めてくれという思いでした。
初回から巨人先発の桜井を攻め、先制し押せ押せの中での第一打席、右中間に打球を放つも亀井の守備範囲。(打った瞬間はスタンドでめっちゃ焦りました。)

第二打席は三振で、第三打席は6回裏の先頭打者。
ついにその時がきました。

2ストライクと追い込まれ今日の達成はきついかなと感じていた中、石川が放った打球は一塁線を破り、その瞬間スタンドは狂喜乱舞、一つでも先の塁へとグラウンドを駆けていく姿を横浜ファンは歓喜の中、目で追っていく。
三塁に頭から滑り込んだ後も送球の乱れを見て、本塁へを伺おうとする。
その姿はやはりファンが長年見てきた石川雄洋の姿であり、横浜ファンの夢が叶った瞬間でした。

個人としてはこの先月に須田さんの都市対抗優勝も現地で見ることができていたので、夢のような時期でした。(この年に夢として掲げていたことの中で、憲晴さんのハマスタ凱旋という夢だけは見ることはできませんでしたが、2018年にメラドでの憲晴さんタイムリーからの阪神ファンによる憲晴コールを聞いたことは今でも心に残っています。)

試合が2-1となっていた中で作られた無死三塁の好機。
早く石川をホームに還してくれという空気感の中で、大和は三振に倒れるも嶺井が一二塁間を破るタイムリーでホームイン。
この1点が決勝点となり、巨人とのゲーム差はいよいよ0.5に。
もちろんヒーローインタビューは石川で、その後の写真撮影も含めて「横浜らしい」なって感じでしたね。








ただ横浜はそこから首位を奪えることはなく、伊藤光がその前のスターナイトで離脱、パットンは二戦目に冷蔵庫に痛打をくらい、宮﨑が次の広島戦で骨折と怪我人が続出し、石川も9月に離脱。
それでもチームは2位を守り切り、CSを初めてハマスタで開催するも石川は出場できず。

そのシーズンオフにはまさかの背番号"42"への変更。
心機一転とは言いつつも、状況は背水の陣でファンとしては来年の結果次第ではと思いますよね。


2020年はとにかく出番がなく、一軍昇格もなければ、二軍での出場機会も少なく成績も良くない。


そして出る戦力外のニュース。
覚悟はずっとしていて、やっぱそうなるかと感じながらも、自然と涙が出てきましたね。
(ニュース後の戸柱、そして梶谷さんの出囃子変更、そして全国星覇会による雄洋の応援歌は胸が熱くなりました。)

ファンとしてできることは、その姿を目に焼き付けることと、本人がどういった決断をするのかを見守るのみ。

言うまでもなく、二軍の最終戦を観に行きました。


平日のデイゲームではあるものの、二軍の最終戦。
ただでさえ埋まるのに、そこが石川雄洋の横浜でのラストゲームであるなら満員になるのは当然ですね。

この試合で石川は6回の守備から途中出場。
打席では二打席はあっさり凡退する。
9回裏の第三打席は1点ビハインドで迎え、粘って四球で出塁。



これで見納めかと思いきや田部のタイムリーで生還し延長戦へ。


10回表は最終登板を終えたかと思った藤岡さんがまさかのもう1イニングで2失点で、レフト嶺井なんてこともありました。

10回裏、今度こそ迎える最終打席。
結果はこの打席も粘り四球を勝ち取る。
ヒットは出なかったものの粘って出塁。
これも石川さんらしかったのかなと思います。


出塁後はまたしても田部のタイムリーで生還し、サヨナラのホームを踏む。



試合終了後は最終戦セレモニーで(田中)健二朗の姿が確認でき嬉しかったです。



そして始まるオフシーズン。

石川さんは現役続行を表明しましたが、30代中盤の二塁手専門で厳しいだろうなと思ってました。

ただそれでもコーチ職込みで、ムードメーカーとしてどこかの球団が取ってくれないかと祈ってました。


そんなことを思っていた中で、ファンフェスでサインボールが当たったことは奇跡だと思うのです。



そのまま時は流れ新年を迎え、2月にキャンプを迎えるも何も続報はなく、そして迎えた2021年3月20日の引退報道、3月21日の引退会見。


どの選手も、永遠ということはなく、ファンとしてはいつか迎えるその日がやって来てしまいました。


さすがに現役続行は厳しすぎ、こうなってしまうことはわかっていました。

そこに沸いた感情は悲しみではなく、「ありがとう。お疲れ様でした。」といった感謝でした。


球団からもセレモニーを実施するという表明がありましたが、まさかの平日開催。(オンラインハマスタの無料招待での開催やセレモニーの無料配信といった球団の計らいは粋に感じましたが)

ただその5/20は雨天中止で流れ、結果その日はオンラインハマスタで高森さんと小杉さんのトークショーを見ることに。

振替はだいぶ先になるのではと思っていたら、翌日には6/5に振替と発表があり、現地で観れることに。そしてその発表と同時にチケットを取り、今日という日を迎えています。



さてここまでの振り返りだけで相当長くなっていますが、改めて石川雄洋の魅力は何にあるのか、それを自分なりにまとめたいと思います。


戦力外通告があったときの自分の中での答えはこれでした。

「不器用ながらも、ただ真っ直ぐに進み続ける。
そんな石川雄洋さんが大好きなんです。」
(自身のTweetより)


もちろんあの人柄は大好きです。
チームを鼓舞する姿、チームで慕われている姿、そして作り出すあの空気感も大好きです。
そしてこの記事を書くに当たって、こうかなと思うんです。


「石川雄洋は星の見えないような暗い日々の中でも輝き、そして少しでも前へと照らし続けてくれていた希望の星であった。」と。



「その星の輝きは、他の誰とも似ていない。」と球団も表現した、抽象的なものにはなりますが、その輝きが魅力なんです。(こうしてこの2人のポスターがこういう構図で並ぶのも感慨深いです。)

100敗阻止できるかから始まるシーズン、身売り騒動に怯えるシーズンオフ、そんなどん底の時期に現れた石川雄洋。
DeNAに変わって初代キャプテンとなるも、結果は出ず。
結果が伴ってきたのは2015年から、それは筒香がキャプテンを引き継いでから。
その中で石川がポストシーズンに出れたのは2016年のみで、チームが輝いていた場面での見せ場はなし。

まぁ、その事実見ると「石川雄洋=暗黒戦士」とよく言われるやつですよね。
あのチーム状態だったから石川が試合に出られて、キャプテンになれたという声もありますよね。

ただ、紛れもなくあの暗闇の中で輝き続けていたのは石川雄洋で、石川雄洋は間違いなく希望の星でした。


だからこそ、

「石川雄洋と日本一になりたい。」

「光り輝く舞台でさらに輝く石川雄洋が見たい。」

といった気持ちが強く湧くんです。


だから1000本安打があの場面で達成されたことは今でも最高に嬉しく思います。
石川雄洋と日本一へという願いはもう選手としては叶いませんが、これからも石川さんはあらゆる意味でハラハラさせてくれると確信しています。(既に引退表明後の各所でのコメントや解説でハラハラさせられていて、今日のセレモニーでちゃんと話ができるのか。)

アメフトの選手として躍動する石川雄洋さんを見ること、そしてん須田さんのプレーする姿を目に焼き付けることが今年の夢です!


86年組大好きだぁぁぁ!!!


最後に…

星の見えない空の片隅で あなたは見つけ出してくれた あの日からずっと今でも 胸を照らす You' re my Hero

あなたの物語はみんなの物語、いつまでもみんなのヒーローであり続けてくれ!!
新たな世界に向かって羽ばたけ!!!!
石川雄洋!!!!!!!




追記(6/6):
昨日は馬鹿試合してましたね。
ナイター後にセレモニーをしていたら、どうなっていたことか。

今思うこととしては、無事に終わってよかったなといったことが第一ですね。

球場行くまででも石川ユニを着た方、グッズを持った方を多く見かけ、それはもちろん球場でも同様で、試合でも予想通りの「勝利の輝き〜石川雄洋の応援歌」があり、全国星覇会含めたファンから本当に石川雄洋は本当に愛されていたんだな感じることができました。
また出囃子も誰かが変えてくると思ったら宮崎がその役目をしてくれました。"You're my Hero"からの応援歌は去年カジさんもやってくれたもので、それを宮﨑さんがやってくれるとはね。

そんなこともあり初回から涙腺ゆるゆるで、その後の試合はグダグダで。

セレモニーは球団も本当にいい演出を用意してくれました。
コメントして欲しい人たちのコメントをしっかりもらい、さらにメッセージを書いたボールまでもらってて、なんて演出をしてくれたことか。

本人のコメントはドキドキしながら聴きつつも、涙腺がずっと緩みっぱなしでした。
「最後に」と2回言ったのは石川さんらしかったかなと思います。
コメント後の場内一周はレフトスタンド最前に座っていたこともあり、しっかり見届けることができました。
この情勢でなかったら、セカンドらへんで胴上げがあったんだろうなぁと思いますが、それは仕方ないですかね。

また次の舞台で同じようなことがあり、その時にはと願うばかりです。

公式↓





You're my Hero ・ My Story / predia






昨日撮った写真やら何やら↓