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leclairのブログ

生きてるといろんなことを考えますね。

うまく書けるか自信がないのですが、前々から思っている事なのでなんとかまとめてみようと思います。

たとえば家で洗濯機が動いている時、結構な音がします。そうすると、リビングで私を呼ぶ誰かの声が洗面所の私には届かないことがあります。そうするとその誰かはたいそう怒るんですよね。そして怒鳴るように2回目をいう。で、やっと聞こえる。逆バージョンもあって、私が話しかけた時に、私が話してることはわかっても内容まではわからないと、怒鳴って聞き返す。

Aさんがしゃべってる。Bさんには聞こえない。この状況、どう考えてもどっちも悪くないでしょう?悪意をこめて解釈したり、緊急の場合ならば、聞こえないような状況で話しかけたAのほうが悪いといえなくもないけれども、外の状況をちゃんと意識せずに、いつも通り人に話しかけてしまうことは誰にでもあります。

それを、なぜ怒るのか…?

怒ったり泣いたりするのが、現状の解決の手段じゃなければならないと思っているわけではありません。感情ってそういうものじゃないから。例えば、大雪で電車が止まってる時に鉄道会社、の一部である駅員さんに怒鳴っている人を見ると、友達になりたくはないしあの人が困っても助けるのはやめよう、とは思うけれど、理解は少しできます。どうしようもない怒りをこの場ですれ違うだけでとりあえず現状に少し関係のある他人に対してぶちまけてるんですよ。

でも、親しい人間同士で問題が発生したときにどうして相手を悪者にしたがるんでしょう。自分じゃないから相手が悪いって思いたがるんでしょう。解決策としては自分も悪くないし相手も悪くない、のほうがすっきりしませんか?友人にいらだちたくないですよね?

この音が聞こえない問題に関しては聞こえてない側は問題の存在すら認識してないんですよ。それを突然怒り出すって、相手がどんなにびっくりするか考えないんでしょうか。携帯の電波もそうです。相手に自分の声が聞こえてない時に怒ることの滑稽さ。

こういうとき、自分、相手じゃなくて「状況」が悪者なんじゃないかと思います。音を出している洗濯機、届かない電波。

ということをかれこれ10年ぐらい考えすぎて、音が聞こえない問題で相手のいら立ちを感じるともはや私が切れます。そんなに私を悪者にしたいなら、私にイライラしたいなら、もう、友達やめよう!

うーん、今いち気持ちをちゃんと書ききれませんでした。宿題。