哲学のがらくた

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日々の雑感。特に広告・IT・ゲームについて。

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世の中には、多分、「言って良いこと」と、なるべくなら「言わない方がいいこと」っていうのがあって、で、やっぱりこうして27にもなると、「多分言わない方が良いんだろうな」ってことが、なんとなくわかってきて、で、そんな風にして、ただ単純に頭に浮かんだことを言い放つだけの年代を過ぎていって、色々とストレスを溜めることもあったりするんですが、それも慣れてくると、言わないことが本当の自分になって、そんな経験を多分ちょうど今の僕くらいの歳の人らは感じてきていると思うんですが、それもまぁ、言わなくていいことを言っちゃって、「あ~、なんであんなこと言っちゃったんだろ」って思うよりは、まぁマシなのかななんて思ったりもして。そんな微妙な時期にいるわけです。


けど、今日は単純にこれはブログに書き残そうと思いました。感傷的な意味でも、何かしらの示唆という意味でもなく、ただ、自分の中で覚えておこうという純粋な発露の元。



今日、会社から帰りながら母親と電話をしていました。


「ねぇ、あの人覚えてる?あなたが前の会社で働いてた時に、
 私の息子を紹介したいって言って、一回会社の下で挨拶してもらった女の人。」


正直顔は全然覚えていなかったが、勤務中に母親から電話がきて「今お友達と下にいるからちょっと下りて来れる~?」と言われてなんか知らない女の人に挨拶をしたことは覚えていた。
 年は母親より若かったけど、まぁ普通のおばさんという印象だった。


「あの人、今は千葉に住んでるんだけど、実家が石巻って聞いてたから、どうしてるのか気になってたの。そうしたら、今日電話がきてね・・・・」


「うん」


「あの人の実家、お父さんとお母さん、あと彼女のお姉さんと妹さんの4人で住んでたらしいのよ・・・で、さっき聞いたんだけど、お姉さんは何とか逃げ延びたみたいだけど、お父さんとお母さんが未だに行方不明みたいで・・」


「うん」


「でね、一番下の妹さんが、24歳だったんだけど、こないだ遺体で発見されたんだって・・・。安置所で見つけたって。 ・・・・それで、その妹さん、来月結婚式だったそうなのよ。  なんで、こんなことに、なっちゃうのかしら・・・」


「うん・・・ひどいね・・・」


「お父さんとお母さんもまだ行方不明みたいで、お姉さんが今避難所から探してるみたい。それで、津波から逃げる時の話も聞いたんだけど、”まるで映画みたいな地獄絵図”だったみたい。

 逃げようとした車が地震でできた地割れに突っ込んで、そこに別の車が突っ込んできて炎上したり、

 津波から逃げるために猛スピードで逃げる車が、路上にいる人を平気ではねていったり、

 津波が来た後で、死体が大量に浮いた水の上を掻き分けながら大声で親族を探す人がいたり・・


本当にひどい状態だったみたい。そういうのって、テレビとか新聞では報道されないからね・・・でも、実際その場にいた人達は本当に悲惨な体験をしたみたい・・・。なんだか、聞いてて悲しくなってきちゃってね・・・。 別に比べても仕方がないけれど、(うちの)お父さんが亡くなったのなんて、心の準備も出来てたし、家族に看取られて亡くなったわけだから、そんなの、全然なんてことなかったなって。 彼女は”リカ(母親の名前)さんは旦那さんが亡くなって、本当にそれでも毎日ちゃんと生活してて、強くて尊敬しちゃうわ”なんて言ってくれたこともあったけど、そんな話聞いたら、なんだかあなたの方がよっぽど強いよって思っちゃって・・・」



「うん。」



「・・こんな話ばっかりでいやになっちゃうわね。仕事の方は順調なの?」



「ああ、問題ないよ。」



「そう、じゃあね。」



「うん。」






そんな感じの電話をしました。

生きるか死ぬかの瀬戸際にいた方達に、
何も言える事はないけれど、
この話を聞いて、ただただ悲しいと思ってしまいました。


で、僕は僕で、今日は目一杯花見を楽しんでこようと思う。










今日は1ヶ月続いた(といっても震災のおかげで1週間半くらいは自宅でダラダラしていたのだけれど)研修の中間時期で、ある課題に対してのプレゼンテーションを行う日だった。

これまで講師としてついてくれていたOJTの方だけでなくてマネージャークラスも4、5人集まって新人全員(といっても4人)のプレゼンを聞く場所だったので、ガラにもなく緊張していたのだが、結果はというと意外にも皆さんからお褒めの言葉をいただけて嬉しかった(まぁ、研修中に褒められたからって調子に乗っても何も意味ないんだけどという冷静な分析をしながらも)。

 で、なんで一応好評価をいただけたのかを自分なりに反省していたんですが、やっぱり広告会社で働いていた経験が非常に役に立ったなぁと思いました。

 一言で言うと、「なんかよくわからないけど、いいよね」っていう勘所をそれなりに押さえた資料を作って行ったからだと思います。


 広告会社で営業業務とかを担当していると、いわゆる競合プレゼンに参加することが多いです。

 ある商品を○億円かけてプロモーションをしたいから、電通・博報堂・ADKなんかが呼ばれて、クライアントがそれぞれの案を聞いて扱いの代理店を決めるというやつですね。
 
 僕も何度となくこうしたプレゼンに参加していたのだが、よく気を使っていたことは「クライアント寝かさない」ということだった。


 大体競合プレゼンてのは一日で全部の代理店を呼んで一気に行ってしまうことが多いから、例えばある日のクライアントのスケジュールが

 9:00~10:00 電通プレゼン
10:00~11:00 ADKプレゼン
11:00~12:00 東急エージェンシープレゼン

13:00~14:00 博報堂プレゼン
14:00~15:00 読売広告社プレゼン


みたいなことになることもあったりして(さすがに上記のスケジュールはいかついけど)、
クライアントからしたらかなり体力を使う一日がかりの仕事になることもある。

はっきり言って3番目くらいの代理店から「眠くなってくる」上に「つまらなくなってくる」のだ。

皆対象となる商品は同じだから、同じような提案をしてくる代理店もあるし、喋り方やプレゼンの資料で文字がギッシリ!みたいなのに出会うとハッキリ言って睡眠薬にしかならないようなプレゼンもある。

で、眠い上に疲れてるから、やたらこまか~いプレゼンをする代理店が最後の方の順番になってしまうと、クライアントからしたら

(こっちは一日プレゼン聞いて疲れてるのに、こんな眠くなるようなプレゼンしやがって・・!)

となるし、代理店からしたら

(これだけ調査してこれだけの情報量を集めたという努力をきっと認めてくれるはず・・!)

みたいに思ってて、大体両者が噛み合なくなってその代理店は脱落してしまうことが多い。と思う。




まぁ、なので、僕はいつも「自分が聞いていて眠くならないようなプレゼン資料」を心がけて作っていました。


 こんなの代理店の人じゃなくても当たり前だと思うんだけど、人によってはかなりごちゃごちゃしてしまい、詰め込み過ぎではっきり言って言いたいことはわかるんだけど「めんどくさくて聞く気にならない」資料を作ってしまう人は少なくない。




 話を元に戻すと、今日のプレゼンはその辺にかなり気を使っていたので、話を聞いている人に物語を読み聞かせるように意識をしながら資料を作っていたのが、総じて「わかりやすい」と評価をもらえた一因だったと思う。






 あともう一つ、これはまさに代理店特有だからだと思うんだけど、



「皆が良い、と思うものは無条件に良い」



 という”空気”になる瞬間、てのがあります。


 
 大きなプレゼンでブレストをしてクリエイティブ案を練ったことがある人はそういう経験が多いと思うんだけど、皆でクライアントからのお題に対して「あーでもない、こーでもない」と皆でアイデアを出し合っている時に、不意に誰かが言った


「ねぇ、○○○ってやったら、すごい良いと思わない???」



という一言に、その場にいる全員が


「それ、いい!!!」


となる瞬間があります。




こういう瞬間って、それまでどれだけデータ蓄積してたり、調べものをしててもなかなか出てくるものではなくて、本当にまったく違う世界からヒョコッと突然「こんにちは~」と現れたりしてくるものだったりする。

 もちろん、様々なデータや調べたことがあるからこそ、そういうアイデアに行き着くことが多いんだけど、結構関係ないところですごい面白いアイデアが生まれることがあって、いわゆるそれが代理店の仕事の醍醐味だったりもする。


 で、そういう案を軸にして作っていったマーケティングプランて、不思議とロジカルな側面も内包してたりして、あれよあれよという間に資料ができあがって、競合プレゼンでも扱いを奪取しちゃったりする。



この 「なんかわからないけど、いいね!!」 っていう感覚って非常に抽象的なもので、
例えるのは難しいんだけど、その場に居合わせた人じゃないと共有しえないなんともいえない”救い”のあるパワーというか、そういうのを感じるものです。


 また話を戻すと、今日のプレゼンではそうしたtipsみたいなもの、あまり論理的ではないんだけど、「確かにそれやると、いいよね。」っていうのをいくつか資料に盛り込んでいったのがよかったのだと思う。 事実として世間一般が共有している現象をうまくこちらで料理をして目に見える形に仕立て上げて、皆の前に「ほら、これって、皆同じこと、実は思ってるでしょ??」と差し出すというか、なんかそんな感じです。


 まぁはっきり言って一夜漬けのたいしたことない資料なので、そんなに自画自賛しすぎるのもきもいのでここまでにしたいのですが、

広告会社にいた時にプレゼンのために色々な工夫を無意識ながらしていたこと、

またクリエイティブアイデアを創出するために、皆で何もないところからう~んう~んと唸って

「どこかにあるはずで、皆が"うん!それいい!!"と理屈抜きに言ってしまうようななにか」

を追いかけていた経験はすっごい役に立ってるなぁと思いました。




はっきり言って広告会社にいた時はそうした「モヤモヤしたもの」を商売にしていることに幾許か虚無感も感じてしまって、だからこそ毛色の違う業界に飛び込もうと思ったというのもあるのですが、やっぱり今まで自分が経験したり考えてきたものって、血肉になってるなぁと、妙にリアルに感じた一日でした。







 




昨日は震災後初出社。

オフィス内は暗く、人員もまばらでなんとなーく重苦しい空気な社内でしたが、僕はといえばまったくそんなこと気にならないのでマイペースで研修の続きを受けてました。

うちのオフィスは誰でも朝・昼・夜の3食が無料で食べられる(!)という珍しい福利厚生があるのですが、さすがにこれだけ人もいないと今週あたりはカフェも稼働してないのかな~、と思いきや、きちんとランチを出してくれるということで非常に頼もしかったです。
 シェフの人達も家族いるだろうに先週もきちんと食事出してくれてありがたいな~などと思いながら、今もカフェでパチパチパソコン叩いてます。

 日系企業はどこも通常通り(照明は落としているけれど)勤務が始まっているみたいで、今週も自宅待機が多いのはやっぱり外資系に多いみたいですね。この辺に地震慣れしている日本人と地震があまり身近なものでない欧米の人との差を感じました。出張に来ていた外国人も地震当日にサーーーッと本国に帰ってしまったみたいですしw

 ちなみに節電ムードが高まってる都内ですが、ちょっとやり過ぎなところも多いですね。会社帰りにブックファーストに行こうとしたら18時で全店閉店しちゃってるし、文教堂で本を検索しようとしたら「こちらの検索機械は節電のため運転を停止しています」とかなってるし・・・パソコン1台動かさないだけでどんだけ節電になるんだよ・・・店内の明かりはMAXのくせに・・・などと思ったり。

 節電は悪くないですけど、よく日本人にありがちななんでも極端に捉えてそれ以外は全部NG的な空気は良くないですね。さっさと経済にも活気を取り戻さないと。 


 それと、昨日は会社帰りに初めてトータルワークアウトというジムに行きました。トレーナーをつけずにただマシーン使って走りに行っただけなんですが、いやあ、ただ走るのって本当につまんないですね!もう行かないと思います! やっぱり自分はゲーム性のあるスポーツじゃないと続かないなぁ。てわけで週末テニスしてくれる人募集します。



東日本大震災に関してはもうイヤというほど報道されているし、連日ツイッターや各種ブログでも取り上げられているので割愛させていただくとして、被災された方々のご冥福をお祈りするとともに、復興を一日も早く望んでおります。

 僕はというと、会社命令で地震のあった日から今日までずっと自宅待機でした。

 なので、好きな本を読んだり、仕事をしたり(といっても研修課題ですが)、会社からバシバシ送られてくるメールを処理したり、まぁ緊張した1週間ではありましたが、のんびりと過ごしておりました。

  慶応の理工学部にいる友人が、Google PersonfinderのAPIを利用してGoogle Person Finder Botなるものを立ち上げたので、その啓蒙に奔走したり、API上でかかってしまったリミッターを取り外す手筈を整えてあげたりと、震災に対して自分でもできることを手伝ったりなんぞもしておりました。
 
 ちなみにAPIをご存じない方に説明すると、APIとはApplication Programing Interfaceの略で、要は


「うちのネットのサービスを、あなたのサービスの中にも組み込めるように、プログラミングコードの一部を公開するので、どうぞ自由に使ってね~」


 というものです。

 具体的には、たとえばネット上のニュース記事読んでると、頭のところに、ツイッターの"t"のアイコンや、フェイスブックの"f"のアイコンが並んでることってありますよね。

 あれは、ツイッターやフェイスブックが


 「このボタンを押すだけで、ツイッター、フェイスブックにこのページのリンクが投稿されるよ~」


 というシステムを公開しているので、ニュースサイトの管理人がそのAPIを利用してああいったボタンを設置しているのです。



 閑話休題。



 昨日は僕の1個上の姉貴の結婚式でした。会場が京都の宝ヶ池にあるプリンスホテルと上賀茂神社だったので、土曜日から京都に入って観光地めぐり。

1日目は 龍安寺→仁和寺→金閣寺→京都造形美術大学→四条河原町 とめぐり、
2日目は 三十三間堂→清水寺→祇園→四条河原町

という修学旅行生みたいな鉄板コース。

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まぁ今回は観光目的ではなかったので、とりあえず時間が潰せればよかったんですよね。
思った以上に外国人がいなくて、震災の影響を感じました。


僕は小学生2~4年の間に親の都合で京都の伏見というところに住んでいたので、久しぶりに旧友とあったり旧居を訪ねようかななんて思ったりもしたんですが、色々と面倒だったのでやめました。


姉の結婚式は粛々と終わり、神社での式だったということもあって生の巫女が見れたり新鮮な感じでした。


 3年前に父が亡くなって、その次の年に父の兄だった叔父も亡くなったり、去年は16年飼ってた犬が亡くなったりと、色々と大変な我が家でしたが、姉は伴侶を見つけたので、うまいこと幸せになってくれればと純粋に思った週末でした。





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TGIF!!

ということで早いものでもう入社してから10日間が過ぎようとしています。

昨日は近くの部署の方にお誘いいただき、軽く食事。AKBの話で盛り上がる。

そんなこんなで書くことないので、また思いついたら更新します。

昨日と今日は、3月に入社した新入社員だけを集めて各部署から講師を招いて、セミナー形式で会社全体の話を聞くnew hire orientationの時間です。

知り合った同期入社の人の中にはスペインのIESEでMBA取ってきましたなんていうツワモノから、つくばにある国の研究機関で働いてたとか、米のYahoo!本体で新卒から4年間働いてたとか、オライリーから出版されてる「はじめてのRuby」の著者です、なんていう人から、本当に色々なバックグラウンドを持っている人が勢ぞろいで興味津々でした。

 エンジニアとビジネスサイドの両方の人材が揃ってる会社なので、ものの考え方とか価値観も違う人間が多いなと昨日ディスカッションしていて改めて感じました。
 
 よくアメリカっていう国と並んで説明されることが多いのですが、アメリカは人種も宗教も出身もバラバラな社会だから、人々の関係を成り立たせるには暗黙の了解なんて通用しなくて、まず「会話」することから始まる。 他人との対話によるコミュニケーションから生まれる相互理解が、雑多な異文化を社会として成り立たせている、みたいな話をどっかで聞いたことがあったのですが、この会社もまさにそんな感じがします。 

 そんな感じで感想はまた追って!
 僕は良く仕事中に友人とチャットをするのだが、中でも汐留の代理店に勤める高校時代からの友人である馬場氏とのチャットが最近多い。
 
 で、彼と先日チャットをしていて言われてハタと思ったのが、「日々起きていることを文字で記録するって大事だね」ということ。

 
 以前は僕も、何かと気になったこととかくだらないことをブログに書きためていたのだが、意識せずにいると全然更新しなくなっちゃって、気付くと全然「文字を記録する」という行為をしていなくって、「文章の書き方」を完璧に忘れちゃってることが多い。

 ブログを再開した時は本当に「よくもまぁこれだけ文章書けなくなってしまったもんだ」と思い、記憶喪失になったんじゃないかと錯覚するくらい、文章ってのは日々書いてないと書けなくなるもんなんだと思い知ってしまった。

 試しに、ブログを長らく休んでいるそこのアナタ、久々にブログを書いてみてください。きっと自分の文章構築能力の欠落に驚愕するはず。

 
 で、思うに文章を書くのって、昔から言われているように「今の自分の考えを整理する」という意味合いが非常に強くて(小説家でも詩人でもその点は表現の切り口が変わるだけで同じだと思う)、そういう意味では

 文章が書けなくなっている = 自分の頭の中が思考停止してる

ということなんじゃないのかなぁなんて思うことがあります。

 昔はブログにしたって読んでる人も限定的だから割とモラルを気にしないで書き殴ることができたし、仕事にしたって大してコンプラの意識もないから好き勝手に書いてたし、見るもの聞くことが新鮮なことばかりで、それらを整理してアウトプットしようと試みるだけで次から次へと文章が沸いてきたものです。

 それが書けなくなっているっていうのは、結局自分から新しい分野とか、新しい思考とか、新しい経験に触れようとしていないからであって、だからこそ何かを書こうと思っても「あ、これって数年前と結局同じこと言ってる」とか、「こういうこと書いても結局結論ってこうだってなるからまぁ書かないでいいや」となるんじゃないかと思う訳ですね。

 そうすると、小説家って結構外国とか日本中を旅する人多いですよね。 あれって文章を書く、ということにとって多分必要不可欠な行為だと思うんですよ。つまり

 次々と文章が書けるようになる = 次々と新しい経験をする

とニアイコールなわけだから、


 もちろん、フィールドワークをしなくっても、新しい人と会って話したり、新しいジャンルの本を読んだり、音楽を聴けば少しは世界が広くなるのですが、一番大事なのはそれを「文字にしておこしてみること」。 

 何も考えずに、白紙のwordを起動してみて、何かを書いてみた時にスラスラと書けるのであれば日々何かが蓄積されているということ、何も書けずに固まってしまうのであればそれって結構僕の歳でこれはヤバイんじゃないか、と判断できるような。 そんなリトマス試験紙的な役割を「記述」という行為は持っているんじゃないかと改めて思っています。




 また、どうでもいいんですが、やっと村上春樹の「雑文集」を買いました。
 
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 久しぶりに春樹節に浸かってると、昔懐かしかった場所に帰ってきたような気分になります。
村上春樹の文章って本当に読みやすいですよね。 例えるなら、映画「シザー・ハンズ」に出てくるような、同じ形・色のデザインの家が妙に規則的に、けれどどこかコミカルに並んでいる風景を彷彿とさせます。 無機質なんだけどチャーミングな感じ。 

 最近はウェブニュースとか、twitterの尻切れトンボな短いつぶやきに浸かりすぎていたせいで、きちんと長い文章を咀嚼しながら読むという行為をしていなかった気がします。
 
 やっぱり一人の人間がきちんと誰かに自分の考えを間接的であれ直接的であれ伝えようとした文章を、それなりの時間をかけて読む、ということは悪くないですね。


 
さて、外資系にお勤めの方(でない方も)はご存知かもしれませんが、今日はTGIFということで、夕方からアルコールやその他つまみが振る舞われて社員が食堂に集まって歓談する日でした。

TGIFとはThanks God It's Friday!! の略で、要は「金曜日だぜ!明日からは休みだぜひゃっほい!!」という意味です。

僕の会社では毎週金曜日はTGIFということで、上記のようにビール飲んだり食ったりして知らない社員とかと話す時間があります。

 今日は初参加だったので結局同期入社の方としか話をしなかったんですが、皆遊んだりビリヤードやったり卓球やったりで楽しそうでした。

 
 火曜日に入社してたった4日間しか経ってないんですが、やっぱり初週は疲れますね。できればもっと融通利かせていろんな部署に遊びに行ったり会いたい人もいるんですがその辺はまた追々ということで。


 

 今日はコアプロダクトの実習みたいな日で、今まで疑問に思ってた色々なことが腑に落ちた日でした。代理店とどこが決定的に違うかとか、一見地味に見えるこのプロダクトのどこが実はめっちゃ面白いかとか。あんまり書けないのが残念っちゃ残念なんですが。



 明日は久しぶりに大学の友人らと麻雀やって、日曜日は久々のapplimのイベントです! 今回はスマートフォンアプリの実装化に向けて学生らと思いっきりブレストする会なんですが、メンターもそこそこに、疲れを癒しつつ楽しんでこようと思います。