こんばんは!!

今夜は旅の続きを書きます飛行機

カンボジアの遺跡の中で人気ナンバー1は何と言ってもアンコールワットです。
世界中からこのアンコールワットを見に多くの観光客が訪れます。

12世紀に着工し、30年以上かけてつくられました。

アンコールワットのアンコールは王都、ワットは寺院の意味を表します。
ヒンドゥー教の神のヴィシュヌ神をまつわる寺院として、また王の墳墓として建てられました。
すべて石造りで左右対称の巨大な寺院です。
境内は東西1,500メートル、南北1,300メートルの敷地で、周囲は水の入った200mの幅のお堀に囲まれています。


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中へ潜入します。
内部の回廊の壁には緻密な壁画があります。
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こちらは江戸時代に日本人が落書きした壁です。
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ガイドから説明された時は耳を疑い「えっ!?」って感じでした。

江戸時代になると、日本人はタイのアユタヤにも移住したということを聞いたことがあったので、カンボジアに来ることは可能でしたが、このアンコールワットは1800年半ばにフランス人が発見するまで誰も知らなかったはず。

それもなぜ日本人が・・・・・・どうやってこの地に来ることができたのか?また、当時はジャングルの密林の中にあったであろう廃墟の遺跡を見て何を思ったのか?
本当に興味をそそります。

それにしても恐るべし日本人パワーあせる


こちらが中央に位置する5つの塔です。

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第3回廊という回廊が立ち入れる一番高い所になりますが、階段に手すりらしきものがありません。
1本だけの細い手すりがある階段もありますが、死亡事故もあったらしく登ることは命がけです。
この時は工事で立ち入りできませんでした・・・・・・登りたかったしょぼん

内部の壁画は素晴らしいですし、とにかく巨大で迫力もあります。
ここから見る日の出はとてもきれいらしいです。

やはり世界中から訪れる価値はありますね。


この後は夕日を見ようと思っていましたが、雲があったことと父が疲れてきていたので、お土産を買って早めに空港に行くことにしましたDASH!

お土産やに行くと、どれもこれも高ーーーーい!!
カンボジア製の6枚入りのクッキーが600円とかありえない・・・・・どんだけ高級食材使ってるのかって感じですダウン

しかも店員がしつこいので1つだけ安めな土産を買って逃げましたDASH!

空港でガイドと別れて出国手続きをして中に入ろうとすると、セキュリティがとても厳しく、せっかく買ったゼリーみたいなお菓子のお土産は持ち込みできないと言われて没収ショック!

そしてバンコクエアウェイズで再びバンコクへ帰りました飛行機
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ちなみに空港の中の土産屋はもっと高いですし、マッサージ30分3000円とか日本と物価が変わらないです汗


バンコクからカンボジアのシュムリアップまでの航空券は定価は30000円くらいですが、プロモーションプライスで購入し1人20000円くらいでした。
でも、出発3日前にメールが届き、搭乗便を勝手に変更されましたガーン



つづく


今夜はこの辺でおやすみなさーーいビックリマーク



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こんばんは!!

皆様一週間お疲れ様でしたビックリマーク
ふ~ちゃんは今日と明日が休みなのでのんびり過ごしていますニコニコ

今夜も旅の続きを書きます飛行機



カンボジアの遺跡と言うと、アンコールワットが一番に来ると思います。
そして、それ以外って何があるの?って感じだと思いますが、カンボジアには300を超える遺跡があります。

1970年代に国民の4人に1人を虐殺したポルポト派のクメールルージュにより、遺跡は占拠され一部は破壊されました。
その時代は内戦が勃発し、あちこちに地雷を埋め込まれました。

内戦が終わってからも大量の地雷は撤去が進まず、今でも地雷で命や手足を失う人がいます。
今は平和に見えたこの国で、片足がない子供を見た時はとてもショックでした。

交通や治安が悪いので今は観光できる場所は限られますが、中国から人件費の安いカンボジアに工場を移転する企業も多いですし、可能性を持った国だと思います。



今夜紹介する遺跡はバンテアイスレイという遺跡です。
アンコールワットから車で1時間近くかかるところにあります。

このお堀の近くで昼食を食べてからバンテアイスレイへ向けて出発DASH!
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未舗装の道を1時間かけてトゥクトゥクというオート三輪で向かいますが、車窓は草原や原生林の中をのんびり走ります。
ところどころに集落があり、電気もガスもない原始的な暮らしをしてます。
家の外では子供がハンモックで寝ていたりとのんびりしています霧

農地ではトラクターもないので、水牛を使って畑を耕してます。

電車もバスもありませんし、庶民は自転車かちょっと奮発して100ccくらいのバイクが主な交通手段です。

オート三輪は窓がないので、とても風が心地よいです音譜




バンテアイスレイは、赤色砂岩を基調として造られていて赤茶色なのが特徴です。
「東洋のモナリザ」と呼ばれる精密なデヴァター像があることが有名です。

この遺跡は、アンコールの中心部から30キロほど離れているため、1914年になってやっと発見されました。

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繊細な彫刻が本当に美しいですキラキラ

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こちらが有名な東洋のモナリザですキラキラ

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今日はこの辺で終わりにしますにひひ

次回はアンコールワットですキラキラ


それでは皆様ビックリマーク金曜の夜をお楽しみください星空


おやすみなさいニコニコ


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おはようございますビックリマーク

2008年の旅行記の続きを書きます。
長々しいブログでごめんなさい汗



アンコールワット遺跡群は 大きなものだけで約60の遺跡があります。
12世紀から13世紀にかけて全盛を迎えたクメール王朝はやがて衰退の一途をたどり、人々の記憶から消えていった。

そして人々に忘れられた都はジャングルの中でひっそりと生き続けていました。
 1860年フランス人の植物学者のアンコール遺跡発見によって、一躍注目を浴び1863年にカンボジアがフランス領になってから遺跡発掘および調査・修復が行われアンコール王朝の全容が明らかになった。
スケールの大きさと塔や回廊の壁面に彫られた女神や戦闘場面などの浮き彫り芸術が、かつての王朝の世界へと誘います。

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南大門
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タ・ケウ
1000年ごろ、ジャヤヴァルマン五世の国家寺院として建設が開始されたが、王の死によって工事が中断され放置されました。
そのため、砂岩の構造材が積み重なって露出したままになっています。
石組みは精巧で隙間もなく、高さは20メートル以上です。

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アンコールトム

バイヨンという顔の塔が特徴の建築物は、都城アンコール・トムの中心に位置します。
12世紀後半から13世紀にかけて建設され、改変と増築が重ねられました。
高さ43メートルで、とても大きく迫力がある建築物です。

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ふ~ちゃんヒミツ 拡大禁止ビックリマーク
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タプロム

東西1000メートル南北600メートルの周壁に囲まれた広大な敷地内に、12000人以上が暮らしたといわれるひとつの都市のような仏教寺院遺跡。
12世紀にジャヤヴァルマン七世が母の菩提を弔うために建てられました。
長大なラテライトの外周壁に囲まれた広い敷地の内部は深い森です。
その中にある寺院の幾重にも周壁に囲まれた中心部には崩れ落ちた石材が散乱し、樹木が林立しています。
 

アンコール遺跡群は、熱帯の自然の中で約6世紀にわたって、荒れるにまかされてきました。
崩壊の要因の一つは、雨水です。建物のほとんどには、水分を吸収しやすい砂岩が用いられています。
雨期には毛細管現象で水が柱の内部にまでしみ込み、乾期には灼熱の太陽に熱せられ、劣化して表面から徐々に剥離していきます。

 樹木も脅威です。大きく成長するガジュマルの根が絡みつくように石積みの隙間に入り、浮き上がらせて、いずれは倒壊させてしまいます。

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根っこのすき間から顔をのぞかせる仏像
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今日は15時から24時まで仕事ですモグラ
明日は休みなのでがんばります!!


次号へつづく

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