あれから4年。
暗い話ですが、人生の参考にして欲しいので書きました。
僕は頻繁に旅に行きたい。
旅ができない人生は耐えられない。
旅行することで違ったものを見て、気持ちをリフレッシュして、時には泣いて辛い過去を穏やかにしたり傷を癒そうとしています。
旅行に行く理由は単純に友達と楽しみたかったり、過去を忘れたかったりいろいろな意味があります。
無意味に旅行しているわけではありません。
僕は一生癒えない傷があるので旅行はとても大切な薬です。
だからこれからも旅行します。
その傷について話します。
ちょうど4年前の自分は妻と2歳半の娘がいました。子育てと家事と仕事で大変でしたが娘をとても愛してました。
2人で一緒に過ごす姿が普通の人より多かったので、近所の人がいいパパと誰もが言うくらいでした。
しかし、4年前の今頃に夫婦間でいろいろな事が起こり始めました。
そして別居した後にさらに溝が広がり、やり直しが難しい状況だったため最終的に離婚し、娘とは別々の暮らしとなりました。
たとえ最愛の娘と離れても、ずっと自分が父として存在できたらよかったのですが、人生なんて思い通りにはいきません。
離婚後は毎月1.2回面会して愛情を注ぎました。
娘も僕と会うことを本当に楽しみにしていてくれました。
しかし、元旦那と娘との面会はなかなか継続することが難しいのがほとんどではないでしょうか。
元旦那の存在は相手に尊重され理解されなければ、多くの人が離婚後に面会を続ける事が難しくなります。
新しい相手ができたら面会停止も多いと思います。
結局、離婚後1年弱で相手の要望を受け入れ娘へ3年分の養育費を払い縁を切ることにしました。
法的には面会できます。しかし、お互い笑顔で面会できなければ子供をもっと傷つける事になりますからね。
もう会えないと言うことは言葉では言えないほどの苦しみで、本当に悔しいし恨みと人生の後悔でいっぱいでした。
何度も死にたいと思い自殺しようとしました。
最愛の人を失ったまま生きるのが本当に辛かった。
涙も枯れるまで泣いて眼も腫れました。
娘が会いたいと思う時に自分がこの世にいなければ、将来娘をもっと悲しませるので、死にたい気持ちを我慢しようと思いました。
今の自分は生きていますが、心は半分くらい死んでいます。
アメリカでは法的にも文化的にもお互いの権利が守られており、離婚しても親子の縁は平等で変わらないし新しいファミリーの誕生日パーティーに招待された元旦那が一緒に祝うくらいです。
日本も離婚率が高い今はこういった文化も必要ではないかと思います。
子供が元旦那に会いたがって、受け取れる愛情ですからね。
日本では理解が難しそうですけどね。
離婚した時は養育費と面会は上手くいくと信じて公正証書も作成しました。
でも離婚した夫婦はどこか問題あるから離婚してます。
そんな人同士が円満に続く可能性は少ないんです。
子供のために本当に無理しないと続かないんです。
だから元嫁のことは理解してます。
相手の全ての要望を受け入れました。
今は夫婦仲で離婚を考えている方は、まず踏みとどまって誰かに相談して欲しい。
歩み寄るのは片方だけじゃダメです。
お互いが同時に歩み寄ることが大切。
それができれば必ず回避できます。
ダメ元で誰かに相談して修復をトライしてください。
離婚して愛する子供を失った側はとても大きな傷が残ります。
僕は毎日娘の事を思い出して幸せを願っています。
今でも月に2.3回娘の夢を見ます。
娘との思い出はひとつも嫌なこと、悪いことがありません。
本当に全てが愛おしい。
産まれた日から4歳になる所で思い出が止まってます。
そんな娘とずっと一緒に過ごす事ができなかった。。
面会して別れるときはとても悲しそうでした。
娘も大好きなパパがいない事は寂しかったと思います。
娘を悲しませたことに対して自分の罪悪感を1番感じます。
でも、きっと今はパパのことはたくさん忘れて幸せだと思います。
愛情を注いだ分に2乗となって気持ちは強くなります。
時が経っても忘れることはありません。
娘が自分のことをたくさん忘れたかなと思うととても辛い。
でも娘の心は僕のことを忘れたら楽になるでしょう。
だから辛いけど我慢です。
この先自分がどうなるのかはわかりませんが、生きているうちは娘の幸せを願い続けます。
何度も再婚してまた子供をと思いました。
異性と付き合えるチャンスは何度かありました。
でも、心の奥には娘への罪悪感がありました。
知り合って良い人だと思って仲良くなりますが、いい感じになると同時に娘への思いを持ったまま進むのが怖くなり、自分から距離を置いて終わりにしたこともたくさんありました。
こんなだからバツイチ男はダメなんでしょうね。
今はもう子供を持つことを望んでいません。
僕には心の中には最愛の娘が生き続けていますから。
4歳の姿で、僕を大好きなままで生き続けています。
時には寂しいし辛いけど、自分にはこれがいいんだと気付きました。
この先もいつか娘が自分を探して会いに来てくれることを夢見ながら、旅行して自分の心のバランスをとりながら運命の死がくる時まで娘の幸せを祈りながら生きます。