6日目 最終日

朝起きてから、フランクフルト中央駅にむかいました。

どこか1時間半圏内の観光地に行こうと計画し、とりあえず着た電車で出発することにしました。


結果的にケルンに決まりました☆

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おいしそう。。おなかすいた…
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朝食を取るため最初から食堂車で移動

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このセットで1200円位です。
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このサンドとドリンクのセットで700円弱です。
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チーズはとろけてパンはパリパリですし美味しかったです(^-^)


ケルンメッセ駅に到着。

そして目的地のケルン中央駅までひと駅だけ乗り換えました。

ケルン中央駅を出るとすぐに世界遺産の大聖堂が迎えてくれました。
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wikipediaより

現存の大聖堂は3代目で、初代が完成したのは4世紀のことであった。正方形の建物で、最も古い聖堂として知られていた。

2代目は818年に完成し、12世紀後半に東方三博士の聖遺物がおかれたことで多くの巡礼者を集め、ケルンの発展に貢献した。1248年の4月30日に火災により焼失した。3代目は2代目が焼失した年である1248年に建設がはじまった。しかし、16世紀に入って宗教改革を発端とする財政難から一度工事が途絶し、正面のファサードの塔がひとつしかない状態が続いた。建設が再開されるのは19世紀に入ってからだった。

ナポレオン戦争の影響によりドイツでナショナリズムが高揚する中、中世ドイツに自民族の伝統を探し求める動きが強まった。建築ではゴシック・リヴァイヴァルの潮流が強まり、建設途中であったケルン大聖堂に注目が集まったため、1842年に建設が再開され、もうひとつの塔の完成が急がれた。全てが完成したのは建設開始から600年以上が経過した1880年のことであり、高さが157mの大聖堂はアメリカのワシントン記念塔(高さ169m)が完成する1884年まで建築物としては世界一の高さを誇った。「皇帝の鐘」と称される鐘が南塔にとりつけられたが、第一次世界大戦の際に接収され、溶かされたのちに武器として用いられた。

大聖堂は第二次世界大戦時のケルン市に対する英米軍の空襲で14発の直撃弾を受けた。内部は激しく破壊されたものの全体は崩れなかったため、1956年まで復旧工事が行われ、元の状態に復元された。この際に周囲の廃墟から再利用した粗悪なレンガで復旧された部分が残っていたが、1990年代に入り空襲前の外観に戻す作業が始まっている。

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色温度を変えました。
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こんなの撮りました(笑)
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HAUPTBAHNHOFはHBFと略します。
ドイツ語で中央駅という意味です。

ここはKOELN HBFです。
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つづく

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