4日目はクラクフから1時間半くらいの所にある、アウシュビッツ ビルケナウ強制収容所を見学に行きました。

朝ごはんを食べ、列車で向かおうとしましたが、チケットを買う暇もなく列車は出てしまいました…

先輩が朝ごはんをのんびり食べていてやばいなーと思っていたら案の定の展開ですあせる


隣のバスターミナルにいくと、20分後にバスがありました☆

チケットを買うとなんと300円位です!
ポーランドの交通は安いんですよ☆
全体的に物価は安いです。

社会主義時代の名残でしょうね!

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こんな車窓でした
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踏切
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先輩といろんな話に花を咲かせながら到着
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この先の記事は気分を害する可能性が高い記事となります。

戦争などの残酷な話が苦手な方は読まないでください。











ここはアウシュビッツ強制収容所といい、1940年の第二次世界大戦中にナチスが作りました。

日本では知らない人が多いと思いますが、ヨーロッパでは有名な戦跡の場所です。



ヨーロッパ中のユダヤ人、ポーランド人、ロシア人、反ドイツの国の捕虜や一般市民の人々が移送されてきました。

証拠隠滅や、記録がすくないこともあり、殺されたり死亡した人の数は15万人~400万人まで説があり不明です。




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働けば自由になると書いてあります
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立ち牢
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昔はレンガで覆われていました。この狭い空間に4人が死ぬまで立たされていた拷問部屋です。

このようなバラックに収容されていました。
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一段のベッドに数人が寝る劣悪な環境でした。
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強制労働は過酷で、食糧もなく衛生状態も劣悪だったため、ほとんどの人は数カ月で餓死または病死しました。


家畜用の貨車にすし詰めで移送されてきた人は、飲まず食わずで輸送されてきました。
着いた時にはすでに死亡していた人もいたそうです。
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到着すると列に並ぶよう言われます。

そして、持ち物を全て没収され、働けるものと働けないものに分けられます。
例え家族でも離れ離れにさせられます。
働けるものでも男女で分けられてしまいます。

これが家族の最後の別れとなります。


働けないものは裸になるよう命令され、密閉された部屋でシャワーを浴びせるふりをして毒ガスで殺害されます。

ほとんどの老人や母親と子供は殺されました。

こちらがガス室です
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この穴から毒ガスを投下しました
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こちらが毒ガスのチクロンBです
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あの部屋で数万人が殺されました。

殺された人は髪を切られ、金目の金歯や宝石を取られて火葬場に運ばれました。
髪の毛は石けんや絨毯の原料に使われたそうなので異常です。


列車が来ると流れ作業のように次から次へと殺したそうです。


つづく





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