書庫「行事と器教」の更新です。

お餅を食べて無病息災!

先日、平鹿町木工組合の職人さんたちが一同に会して、

社殿で恒例の「山神祭」が執り行われました。

※山神祭・・・大山祇神(オオヤマツミノカミ)を祀る神事



その際、神饌(しんせん)としてお餅を供えてくれました(^_^)

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-48-6f/fgnpd582/folder/1509475/60/63177460/img_0_m?1418440096

ミカンをのせて鏡餅風にしてみた・・・


お正月も近いので、今回は再度「鏡餅」についてふれたいと思いました。

鏡餅について

鏡餅は一家の魂の鏡(鑑・中心・基準・基本)を意味したものです。

*鑑(かがみ)・・・手本・基本の意

二枚の餅を重ねて飾るのは、夫婦一体を意味し、

その上に橙(だいだい)をのせ

餅と餅の間に昆布・裏白、ゆずり葉をはさむ。

夫婦親子一体になって家族がそれぞれの能力を発揮しながら、

代々清く明く直き心で栄え行くようにという意味の橙(だいだい)、

健康を祝福する意味の昆布、

心は裏表なく純白清浄であるようにの意味の裏白、

互いにゆずり合う謙虚の心を表す譲葉、

これを組み合わせて家族の心がけとする。


餅というものは、ばらばらの米粒を搗(つ)いて

一つにまとめたもので、

この白い円い餅を清浄な魂のシンボルだと

日本人は考えて来たものである。


つまり鏡餅を飾り祝うということは、

先祖から子孫に至るまで神と一体になって正しく栄えることを、

新年に祈り祝福するもので、

同時に収穫を感謝し、次の豊作を祈るもので、

いわば精神と経済の両面の救いと繁栄を祈念した営みである。


年中行事及びそれに付随する事物には、それ相当の由来があるが、

現在はその故事来歴をよく理解せずに、

ただ慣習のまま無自覚に行なっている人があまりに多い。


私も十代後半まではほとんど理解してませんでしたけどね(^^;)

床の間に飾られている「鏡餅」を見ながら…

「早く餡子(あんこ)をつけて食べたいなぁ~(^^)」

なんて思っていた程度でした。


行事というものは、昔文字のない時代に、

事物をもって道を語り教を表したものであって、

元旦が主として重点とされたのである。

それが仕来りとなり行事となって今日まで伝承されているのである。


仕来りであるから自然その本義が忘れられ、

又誤って伝えられたりするため、

色々の説が現れてどれが本当であるか分からなくなっている。

その中には廃止したほうがよいという人もあり、

進歩主義者といわれる人々の中には非科学的であるとして

最初から無視している者もいるが、

しかしこれは天皇の存在と共に、極めて重大なことであるから、

その存在意義や価値や教訓を解明し、その真義の発現につとめ、

民族精神と信仰の念を一層高めなければならないと信ずるものである。

出典 戸松慶議著「神道の手引書」より


民俗学者の折口信夫は、

日本の祭祀は「生活指標」としての意味があることを指摘しています。

祭祀の行われる時期は決まっているわけであるから、

人々は祭祀を行うことで季節の訪れや、

自己の成長を感じることができるということのようです。 


☆★☆【神道のお祭りについて】☆★☆
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/60235670.html

☆★☆【永代供養墓について】☆★☆
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/62926396.html


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