神宮古殿舎撤去材の譲与についての通知がありました。
これは神宮古殿舎撤去材のうち
摂社・末社並びに諸殿舎の造営修復に必要なる部材を除いたものを、
各県神社及びその付属施設の造営・修復の用材に供するものについて、
譲与の先例を考慮し併せて神宮と特に関係深く
御神徳宣揚につき必要と認められる神社並びに、
東日本大震災により被災した神社へ譲与する、
というものです(^^)b
要件は「神宮と特に関係深く」か・・・
明治の中頃、地元では養蚕が盛んでした。
その絹織物が「皇室」にも献上されていた記録が残っています。
忠義な猫は蚕を好んで食べるネズミを退治、養蚕を助けて大活躍、
没後、忠猫(ちゅうびょう)と称えられました。
皇室と神宮は深い関わりがあります。
忠猫社の建立に神宮古殿舎撤去材を使わせていただけないものか…
猫と絹織物と皇室と神宮を結びつけるのは強引すぎるかな?(^^;)
むしろ飼い主さんからアプローチするべきか(・_・?)
忠義な猫の飼い主である多右衛門は、川連村(湯沢市稲川町)で
秋田藩の養蚕指導者だった関喜内の三男として生まれ、
23歳のとき浅舞村の伊勢多兵衛(1795~1883年)の
養子に入った。多兵衛は天保の飢饉(ききん)で
窮民を救済した慈善家である。
当時の浅舞村は800戸、人口5千人余の規模。
地主のほか小作人も多く、凶作が続くと餓死したり、
借金がたまって一家離散するなど悲惨な状況になっていた。
そこで、多右衛門は私財を投じて窮民救済に動き救世主と仰がれた。
明治14(1881)年、功が認められ、
明治天皇巡幸に際しては父と共に拝謁(はいえつ)した。
御真影を賜っています。
