書庫「宗教全般」の更新です。

仏教の要所③

出 典:平成22年秋「神々の里(機関紙)」第4号
発行元:現代神道研究会
発行人:松田秀樹
編集人:山田 健



子孫繁栄を願う神道に反して、子孫断絶を良しとするのが仏教である。
それ故、子孫繁栄の基となる結婚すら否定する。
仏教に帰依した高僧名僧と謳われし人々は独身で通している。
子を産まず、再び生まれ来ず、生誕遮断である。それが本筋なのである。
然しそのような人が多くなれば、家系断絶となり国は先細りとなる。
だから仏教はインド本国から追放された。

国の繁栄や子孫繁栄をよしとする神々の道と余りに違いすぎるので、
神々は仏教の教えに困惑して来たのではなかろうか。

万物は流転して停止することなく、永久に循環する。
これを輪廻転生(りんねてんしょう)というが、その世界が六つあるので、
六道輪廻(ろくどうりんね)と仏教では言う。
そして目指すのは、六道輪廻からの解脱(げだつ)なのである。

六道とは、天上界、人間界、修羅道、
畜生道、餓鬼道、地獄の六つの世界をさす。

この六つの世界を循環することは、
永遠に死なないということであり、
苦の連鎖、苦の繰り返しが続くということである。

我々人間が死んだ後、六つの内のどこかの世界に生まれ変わり、
その生まれ変わりが永遠に繰り返されるので、
永遠に生き続けるということである。
楽しければそれでもいいのであろうが、
苦悩の連続なのであるから、
そこから逃れなければいけない。それを逃れるために
「解脱」や「悟り」ということが必要なのである。

しかし、司馬氏の指摘の如く、凡人には解脱は至難なのである。
その至難である「解脱」を究極の理想とするのであるから、
仏教とは我々日本人が考えている以上にかなり異質であることが、
以上ちょっと羅列しただけでも理解出来よう。

その六道輪廻を具体的に例示すれば、
我々が葬儀に参列しお別れした故人が、
死後人間霊として存在するのでなく、
畜生の世界や餓鬼の世界に生まれ変わったりするということである。
死んだその人は、畜生の世界に行けば、
猿になったり犬になったり猫になったり、
はたまた狐になったり毛虫になったり、
蛾になったりするのであるから、我々の感覚から云えば
理解に苦しむ面がはなはだ多いし、

我々日本人の祖霊感とは根本的に違う

と言えよう。

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