書庫「心に残る言葉」の更新です。

我々は伝統に守られています。

昨晩、友人とスカイプで神社やお祭りについて話していたら、

以下のようなコメントをもらいました(^^)

「共同体の中心的役割を担えるはずの神職が

 我先に逃げるありさまですからね。もう終わりでしょう。」


これは原発の放射能汚染の影響を受けている

地域の神社に関する話をしていた時のコメントです。


さて、私はこのコメントを見たとき

「若いのによく分かってるなぁ…」

と思いました。


現代の日本人で神社のお祭りが単なる宗教的意味だけではなく、

共同体を統合する機能を有していることを

知っている方は何割いるもんでしょうか?(-_-)ウーム


以下は先生の著書からのお勉強です↓

出典:「神道とは何か」(國學院大學学院長 安蘇谷正彦著)


祭りについては、神代の頃からはじまり、

天照大御神が神御衣(かんみそ-神様のための着物)

を織っていた話が伝えられている。


が、神代はともかく、弥生時代に日本列島に稲作農耕が普及した頃、

稲の豊穣を感謝する新嘗祭が営まれていたことが、

歴史的事実として推測される。


やや時代が降るが、八世紀初頭朝廷を中心に

畿内周辺で行われた年中の祭りが、

「大宝律令」(701年)の「神祇令」に記載されている。

正確には大宝律令は散佚して現存していないが、

大宝律令を改定整備した養老律令(757)の注釈書である

『令義解』に、「日本の祭りの基本形」と思われる

次のような祭りが見られる。

仲春(旧暦二月)
・祈年祭

季春(旧暦三月) 
・鎮花祭

孟夏(旧暦四月)
・神衣祭 ・三枝祭 ・大忌祭 ・風神祭

季夏(旧暦六月)
・月次祭 ・道あえ祭 ・鎮火祭

孟秋(旧暦七月)
・大忌祭 ・風神祭

季秋(旧暦九月)
・神衣祭 ・神嘗祭

仲冬(旧暦十一月)
・相嘗際 ・鎮魂祭 ・大嘗祭

季冬(旧暦十二月)
・月次祭 ・道あえ祭 ・鎮火祭

*「道あえ祭」の「あえ」という漢字が出てきませんでした(^^;)


これらのお祭りがどのような目的で行われたのか?

全部書くとか~なり長くなるので避けますが、

17例中、10例のお祭りが、

農耕と関係を有していたことが明らかになっています(^^)b


日本列島に稲作農耕が普及した弥生時代に、

日本文化人(日本的生き方を主体とする人間)が出現し、

日本の神々に五穀の豊穣を祈り、豊作を感謝する祭りが行われた。

そして古代から現代まで、神道の祭りは日本の風土の中で、

稲作農業の展開とともに日本人の生活の中核をなしてきたと思われる。


周知のように、弥生時代から江戸時代まで約2千年の間、

農業人口は8割~9割を占めていた。

明治維新以後の近代に於いても、

5割ないし6割の人々が農業に従事。


つい最近まで、正確には第二次大戦後まもなく高度経済成長が実現し、

日本が貿易立国としての基盤をかためるまで、

日本の経済力は、農業に依存していた。


今では食の欧米化が進み、

日本の農業人口が5%程度でしたっけ?(^^;)

国内の食料自給率は4割に満たないとか…。

こんなんで大丈夫なのかしら(・_・?)


それはそれとして… 以上のように、

神道の祭りと日本の農業とは密接なつながりを有してきた。


神道の祭りは言うまでもなく、

「特定の個人」が信仰によって関わる例は少なく、

もともと部落や村など共同体の全員が参加することを本義とする。

そのため、稲をはじめとする五穀の豊穣を神々に祈る

祈年祭においても、自分の田畑だけが豊作であることを祈願するという

利己的態度で祭りを執行することはあり得ない。

その意味では、神道の祭りの特色は、

共同体によって共同体の繁栄や平穏を祈るところにある、

と言えよう。


たとえば、祭儀の中で重要な神事として知られるものに、

神主による祝詞奏上がある。

祝詞の中には、必ず、共同体の彌栄を祈念する言葉がみられる。

そのような事実からも、

共同体の繁栄や平穏を祈る点に、神道の祭りの特色が窺える。


以上のような神道の祭りと共同体との関係から、

次のような祭りの役割も推考される。

すなわち、神道の祭りは、前に述べたように、

人間生活の根元を支える

食物の豊作を神に祈願し感謝することを基本とする。

そのため、祭りに参加するのは、

「個人の自由とか意志という範囲を超えた行事」であった。


例えはよくないかも知れないが、

人間が生きるために水を飲んだり食物を食べたりするのは、

当然なことであるが、

神道の祭りに参加するのもそれと同じくらい、

日本人にとっては当たり前のことであったと思われる。


神道の祭りをこのように捉えてみると、

祭りを準備し執行することが、

共同体の構成メンバー一人ひとりにとって、

いかに重要な出来事であったか、容易に想像がつくであろう。

祭りの準備や執行の過程の中で、

人々は共同体の協力体制や団結力を増していったことが推測される。

その意味では、神道の祭りが「共同体を統合する働き」を有していた、

と捉えられる。

引用終了!


先の大震災の時ですが、

「俺は伝統に守られているなぁ…」

と思うようなことが多々ありました。

以下が実例です。

お祭りによってコミュニティが維持されています。
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/60610998.html

極限の状況下で頼れるのは身近な他人(ご近所さん)でした。


そう考えると…

「伝統を守っている」

と言うのは不遜(思い上がっている)の輩でしょう。

正確には「伝統に守られている」ということなのだと思います。

祭りの伝統は集団生活を営むうえでの先人の叡智なんでしょうね…


☆★☆【神道のお祭りについて】☆★☆
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/60235670.html

☆★☆【永代供養墓について】☆★☆
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/59892446.html


浅舞八幡神社
〒013-0105 秋田県横手市平鹿町浅舞字蒋沼127
℡0182-(24)-1606
由緒・沿革  祭典HP(動画も見れます!)  神道墓苑 浅舞の杜  周辺地図