正確には今年の旧初午は16日(水曜)なんですが、
平日では人が集まり辛いのです。それで6日(日曜)になっています。
皆さん仕事(経済活動)がありますし…(^^;)
さて、ある掲示板で神主と氏子さんが
激しく議論している内容に目が留まりました。
特に以下の内容です。
「神道が文化である以上、拡大や隆盛を望むには無理があると思う。
文明が消費によって支えられるモノであるなら、
文化とは無駄を様式美化したモノ。
茶道の礼法を見れば分かるかと思う。
そこに効率を持ってくればどうなるか?
効率のみを優先させ、利益と利便性を望めば
コンビニと何ら変わりは無い。 神社を24時間営業にして時間帯責任者と
茶髪のバイト巫女を置いて営業するのか?
あらゆる授与品を並べ、
市場のニーズをてんこ盛りにしたグッズでも置くのか?
新興宗教が流行るのは正にそれ。
現世ご利益主義を売り物にし、信仰を産業にしたから。
現世ご利益主義を売り物にし、信仰を産業にしたから。
日本文化としての神道はそうあってはならない。
だが神主さんが現実の生活を守る上での
不安を感じる事には共感しています。 神社としての尊厳を守りつつ、
神職の生活の向上させる為の知恵を、もっと考えなくてはいけない。
その苦悩こそが神道に携わる者の誇りと使命ではないかと思います。」
皆さんはこれを読んでどんな感想をもつでしょうか(・_・?)
現場の実情を知っている神主として考えらせられました。
文化を否定することは人間性を否定することに近いのかなと…
そんなことしたら…
我々には法律的人格・経済的人格しか残らないのでは?(-_-)ウーム
文化活動と経済活動…
この両者には不離不可分な面が多々あります。
例えば、1人の神職を育て上げるのに幾らかかるか?
その経費をどのように確保するか?ということです。
お金の話で恐縮です(*- -)(*_ _)
一社の代表には後継者の育成という役割もあります。
文化の担い手がいなければ話にならない!
私はこうした苦悩を解決する糸口を神葬祭の普及に求めました。
旧態依然とした経営を続けていては滅びるのみ…
