書庫「我が国の国体と近代思想」の更新です(^^)
更新が久々すぎですね(^^;)
神道の祭政一致について詳細に学ぶと近代啓蒙思想なんかより
我が国の国体原理が優れていることが分かってきます(^^)b
神主のブログなんだからこれを紹介しなきゃ面白くないかなと…
とても難しい内容です。
博士レヴェルの方々でも祭政一致と神教政冶の違いを
何割がまともに理解できているかしら(・_・?)
政治学辞典の説明によると、
祭政一致とは「本質的には theocrcy すなわち神政政冶的な構造をもつもので、
日本では、まつり(祭祀)とまつりごと(政冶)の一体観から解釈されている。
しかし、歴史上、どの時代に祭政一致がおこなわれたかは明らかではない。
一般的にいうなら、政治上の主権者と宗教上の権威者とが同一人であり、
未分化の社会に見られるものである。
その意味で、原始社会ないし古代社会においては祭政一致が行われる。
ただ日本では、主権者たる天皇は現人神であると説明されてきた。
つまり、外国にみられるような、神の代行者たる君主とか、
神から支配権を与えられた国王ではないと解釈されてきたのである。
この解釈は、天皇の即位式、
すなわち大嘗祭(だいじょうさい)で具体的に表明されるわけであるが、
おそらくこの儀式は、シャーマニズム的性格をもち、
農耕民族の稲をめぐる儀礼と同一の類型に属するものといえよう。
明治新政府は祭政一致を原則として、神社神道を国教的なものとなし、
これに特別の保護を与えたが、しかし、厳密な意味での祭政一致は実現しなかった。
第二次世界大戦の結果、国家と宗教の分離、信教の自由が明確に再確認されたので、
祭政一致というような形態は実現していないが、
このような原始的、古代的な国家形態を理想国家と考えている
人々のいることは注意されなければならない」と記されている。
(*啓蒙思想の信奉者が書きそうな文章です。↑)
また、祭政一致は神権政治であるとして、
「一般に、政治権力者が自己の権力を神より与えられた絶対権力であると
主張することによって、人民の絶対的服従を要求する政冶あるいは体制をいう。
ブルンチュリーは、神政政冶と教政政冶とを区分し、
神の支配する政治と、僧侶の支配する政治とを区別している」。
「神政政治の観念は、シャーマニズムの遺制であり、呪術師が神の託宣と称して
自己の判断を絶対化し、それを人民に強制する古い宗教慣習からはじまるとみられる。
しかしそれが政治組織として成立したのは、、
(一)ローマ教会であり、
(二)宗教改革時代におけるカルヴィニズムなどのテオクラシー、
(三)その教権に対し、俗権の絶対性を要求する
絶対主義君主政冶であったということができる」。
これは明らかに祭政一致と神権政治とを混同し、
また教権主義や帝王神権説などと同一視していることを物語るものである。
久しく西欧思想を模倣してきた日本のインテリの頭脳は完全に西欧的になり、
日本を理解する余力をもたない。
しかもそれが西欧の俗悪階級の代表でもあることを意味する。
現代日本のインテリゲンチヤは知識階級と解せられるべきものではなく、
俗悪階級であり、模倣的低俗民と解されるべき存在である。
彼等の多くは「解放された人間」を最高のものと考え、
「永遠の人間性」の存在を認める力をもたない。
この政治学辞典の執筆者が誰であるかその名を知ることはできないが、
近代的俗流インテリー階級の一人であることは一目瞭然である。
この種の軽薄浮調子の才子輩に日本の独自性が取り扱われることは危険である。
彼等は近代啓蒙思想以外に思想のあることを知らない。
第二回目に続きます(*- -)(*_ _)ペコ
次回は補足説明しながらです。ムズイからね…