書庫「神道全般」の更新です(^^)

【神葬祭は神道の神聖な儀式(最終回)】

出典:面白いほどよくわかる神道のすべて(菅田正昭箸)

*私の補足解説を含みます(*- -)(*_ _)ペコ

第1回目の記事はこちら↓
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/58776549.html

第2回目の記事はこちら↓
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/59000762.html



☆神道の死の穢れの誤解☆

いっぽう、仏式も葬祭施設で行うことが多くなってきているので、

神式も神社ではなくそういう施設で行えばよいともなる。

しかし、神葬祭を行った後は「死の穢れ」が付着するから

神前に出られない、と考える神職もいる。


その理由として、『古事記』上つ巻の「天若日子(あめのわかひこ)」

の喪屋(もや)の段のアヂシキタカヒコネの神の

「何ぞは吾を、穢き死に比(そ)ふる」という言葉に求め、

*吾=我

アヂシキタカヒコネの神が喪屋を切り伏せたのは、

喪屋に死者の穢れが付着しているからだというわけだ。


たしかに、話の上ではそうなるが、

古くは神祭りのときの仮宮も、葬儀の喪屋も、

出産のときの産屋もそのつど造り、そして取り壊してきたのである。

神聖な事柄が対象のときはそうしたのだ。


すなわち、穢れたから取り壊したのではない。

喪屋や産屋が神祭りのヤシロやミヤと同じく

聖なるものであったがゆえに、

そのつど建て、そのあと撤去してきたのである。

「大嘗宮」もそうですね↓
http://www.daibun.co.jp/poto/imeg02.html


出産は出血を伴うので「穢れ(気枯れ)」の要素をもっています。

が、同時に新たな「生命誕生の神秘」として

「斎む(神秘的なものとして恐れ避ける・聖別する)」こともされるという、

両義性を持っていたのです。

ところが、中世以降、両義性を持っていた女性の出産や生理が、

一面的な「穢れ(汚れ)」とされていきました。


☆神棚に祖霊の御霊代(みたましろ)を祀ろう☆

純正民族派の共同体として知られる大東塾の、

故、景山正治(1910~79)塾長は『増補 維新者の信條』の中で、

「まづ、神社の後方に氏子各戸の合同墓地が造られるべきであろう。

我々の先祖の霊もまた我々とともに永久にまつろひゆくべきが故に、

一切の墓は寺と教会から氏神の境内に移されねばならぬと思ふ」

と書いているが、これはまったく正当な主張であり、

神道家はこのくらいの気概が必要だ。

(↑私は超過激なことを言うな~と思います(;^_^A アセアセ・・・)


死が単なる穢れ(汚れ)だったら、

祖霊信仰は崩壊するし靖国神社も成り立たなくなる。

「死の穢れ(汚れ)」観をもっている人のほうこそ、

気が枯れているといえよう。


現在、教派神道の老舗「黒住教」や神社の一部では、

家の宗旨に関係なく、家庭の神棚に祖霊を祀った

御霊代(みたましろ)を設置する運動を行っているが、

これは神葬祭への第一歩として評価することができるだろう。

(↑私は一部疑問を感じます。家の宗旨に関係なく?(-_-)ウーム)