書庫「回答集」の更新です(^^)
先日、以下のような質問がありました。
第1回目の記事に続き
私の「補足説明」で回答いたします(*- -)(*_ _)ペコ
服忌について(第1回目)
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/58807943.html
質問なんですが、
祭典の時に各家の前にしめ縄をはりますよね、
その際葬儀のあった家は除外しますが、
それは穢れからくるものなのでしょうか?
その家が仏教でもお葬式をしていても?
また、穢れの期間はどれほどでしょうか?
しめ縄を除外されるのは葬儀が祭典何日前まででしょうか?
お忙しいところ すみません。
すいません もう1つ、しめ縄を除外されるのは
身内の何親等ぐらいまででしょうか?
また、同居、別居、遠近距離等はどのていどまでと
されているんでしょうか?よろしくお願いします。
それでは念のため
『①注連縄をはる理由』
から確認しましょう!
質問者様は神社の祭礼などで神輿渡御がある場合、
神様の巡行路(氏子さんの家々の前を含む)にはる注連縄
についてふれていると思われます。
さて、何故これをはるんでしたっけ(・_・?)
説明不要でしょうね…
注連縄は多くの場合、
「神を祭る神聖な場所を他の場所と区別するため」
にはるものです(^^)b
当神社の例祭でも
氏子さんが沿道にはって神様を迎えます。
『②葬儀のあった家は除外しますが、
それは穢れからくるものなのでしょうか?』
除外するのは「2つの意味」があると考えます。
お葬式を出したばかりで「忌中」の状態なのです。
「故人の祀り(供養)」に専念しなければいけません。
私たち日本人は、家庭や親族に「弔事」が生じた場合に、
その心の痛みを拭い去り、
不幸をのり越えて正常な家庭生活を営むための節目にと、
ある一定の期間をもうけて慎むことが慣習でした。
これを「忌中」又は「喪中」などと表現して、
主に家庭や地域における「神祭り」や「ハレの行事」
への参加をしばらくの間は遠慮したり、
職場等への出社を避けるということを習わしとしてきました。
親の葬儀が終わった晩に
友達と派手に酒盛りなんかしないでしょ?( ̄m ̄〃)
ここに『日本人の倫理観』が見られます。
忌中の間は注連縄をはって
神様を迎えられる状況ではないのです。
また、忌中の「忌」には、
死の「ケガレを畏れ忌みはばかる」という意味もあります。
神道では、死に及ぶ病気・事故等の経過や、
それによって発生する悲しみ、苦しみ、
寂しさなどを「*禍事(まがこと)」としてケガレと捉え、
また、人が亡くなって嘆き悲しみ
「気が枯れてしまった」状態を「気枯れ」といって、
その気が枯れた状態から元の「清浄な日常」に戻るため
一定の期間(忌中)をもうけているのです。
*気…元気・気力・気魄などの「気」
習俗的には死穢を「黒不浄」といいます。
*「禍事(まがこと)」の概念について補足説明↓
まがこと…マガはナホ(直・ますぐ)の反対で、
曲がっていること、悪しきこと。
禍事、悪事、凶事などと表記する。
神道では「絶対悪は想定されておらず、曲がった状態、
正常ではない状態」として悪をとらえることを示す概念。
(弘文堂発行 神道辞典より)
余談ですが、仏教のある宗派では、
お葬式が終わった後に「お清め」として
体に塩をかける伝統的な習慣を、
「死者を穢れたものとして見ている証であり、
死者を冒涜している」などと言って非難し、
信者さんに
「お清め塩の習慣は差別に結びつく! やめましょう!」
と呼びかけているようです(ノ゚ο゚)ノ
それは誤解です(;^_^A アセアセ・・・
神道では「死者自体」を穢れたものとして
捉えているわけではありません!
『③その家が仏教でお葬式をしていても?』
ケガレがどうだとか、お清め塩がどうだとか、
これは仏教の教義戒律とは無関係なことですが、
仏教自体だけの問題ではなくなっているのです。
日本仏教と神道は互いに影響を受けています。
しかも、各地域の伝統慣習などの影響も受けています。
例えば、日本仏教には「清め塩」を使う宗派もありますね。
徹底的に反対の宗派もあるのに…
『④穢れの期間はどれほどでしょうか?
しめ縄を除外されるのは
葬儀が祭典何日前まででしょうか?』
最短で「忌明けまで」とお考え下さい(*- -)(*_ _)ペコ
『⑤しめ縄を除外されるのは
身内の何親等ぐらいまででしょうか?
また、同居、別居、遠近距離等は
どの程度までとされているんでしょうか?』
これは非常に難しいです。
断定的に言うことはできません(;^_^A アセアセ・・・
地域の慣例がありますんで…
第1回目の記事を参考になさって下さい(*- -)(*_ _)ペコ
先日、以下のような質問がありました。
第1回目の記事に続き
私の「補足説明」で回答いたします(*- -)(*_ _)ペコ
服忌について(第1回目)
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/58807943.html
質問なんですが、
祭典の時に各家の前にしめ縄をはりますよね、
その際葬儀のあった家は除外しますが、
それは穢れからくるものなのでしょうか?
その家が仏教でもお葬式をしていても?
また、穢れの期間はどれほどでしょうか?
しめ縄を除外されるのは葬儀が祭典何日前まででしょうか?
お忙しいところ すみません。
すいません もう1つ、しめ縄を除外されるのは
身内の何親等ぐらいまででしょうか?
また、同居、別居、遠近距離等はどのていどまでと
されているんでしょうか?よろしくお願いします。
それでは念のため
『①注連縄をはる理由』
から確認しましょう!
質問者様は神社の祭礼などで神輿渡御がある場合、
神様の巡行路(氏子さんの家々の前を含む)にはる注連縄
についてふれていると思われます。
さて、何故これをはるんでしたっけ(・_・?)
説明不要でしょうね…
注連縄は多くの場合、
「神を祭る神聖な場所を他の場所と区別するため」
にはるものです(^^)b
当神社の例祭でも
氏子さんが沿道にはって神様を迎えます。
『②葬儀のあった家は除外しますが、
それは穢れからくるものなのでしょうか?』
除外するのは「2つの意味」があると考えます。
お葬式を出したばかりで「忌中」の状態なのです。
「故人の祀り(供養)」に専念しなければいけません。
私たち日本人は、家庭や親族に「弔事」が生じた場合に、
その心の痛みを拭い去り、
不幸をのり越えて正常な家庭生活を営むための節目にと、
ある一定の期間をもうけて慎むことが慣習でした。
これを「忌中」又は「喪中」などと表現して、
主に家庭や地域における「神祭り」や「ハレの行事」
への参加をしばらくの間は遠慮したり、
職場等への出社を避けるということを習わしとしてきました。
親の葬儀が終わった晩に
友達と派手に酒盛りなんかしないでしょ?( ̄m ̄〃)
ここに『日本人の倫理観』が見られます。
忌中の間は注連縄をはって
神様を迎えられる状況ではないのです。
また、忌中の「忌」には、
死の「ケガレを畏れ忌みはばかる」という意味もあります。
神道では、死に及ぶ病気・事故等の経過や、
それによって発生する悲しみ、苦しみ、
寂しさなどを「*禍事(まがこと)」としてケガレと捉え、
また、人が亡くなって嘆き悲しみ
「気が枯れてしまった」状態を「気枯れ」といって、
その気が枯れた状態から元の「清浄な日常」に戻るため
一定の期間(忌中)をもうけているのです。
*気…元気・気力・気魄などの「気」
習俗的には死穢を「黒不浄」といいます。
*「禍事(まがこと)」の概念について補足説明↓
まがこと…マガはナホ(直・ますぐ)の反対で、
曲がっていること、悪しきこと。
禍事、悪事、凶事などと表記する。
神道では「絶対悪は想定されておらず、曲がった状態、
正常ではない状態」として悪をとらえることを示す概念。
(弘文堂発行 神道辞典より)
余談ですが、仏教のある宗派では、
お葬式が終わった後に「お清め」として
体に塩をかける伝統的な習慣を、
「死者を穢れたものとして見ている証であり、
死者を冒涜している」などと言って非難し、
信者さんに
「お清め塩の習慣は差別に結びつく! やめましょう!」
と呼びかけているようです(ノ゚ο゚)ノ
それは誤解です(;^_^A アセアセ・・・
神道では「死者自体」を穢れたものとして
捉えているわけではありません!
『③その家が仏教でお葬式をしていても?』
ケガレがどうだとか、お清め塩がどうだとか、
これは仏教の教義戒律とは無関係なことですが、
仏教自体だけの問題ではなくなっているのです。
日本仏教と神道は互いに影響を受けています。
しかも、各地域の伝統慣習などの影響も受けています。
例えば、日本仏教には「清め塩」を使う宗派もありますね。
徹底的に反対の宗派もあるのに…
『④穢れの期間はどれほどでしょうか?
しめ縄を除外されるのは
葬儀が祭典何日前まででしょうか?』
最短で「忌明けまで」とお考え下さい(*- -)(*_ _)ペコ
『⑤しめ縄を除外されるのは
身内の何親等ぐらいまででしょうか?
また、同居、別居、遠近距離等は
どの程度までとされているんでしょうか?』
これは非常に難しいです。
断定的に言うことはできません(;^_^A アセアセ・・・
地域の慣例がありますんで…
第1回目の記事を参考になさって下さい(*- -)(*_ _)ペコ