書庫「神道全般」の更新は久々です(^^;)

ようやく「秋祭り」が終わったので、

10月は「学問ネタ」の記事も少し更新します(*- -)(*_ _)ペコ


さて、私は神道の葬儀(神葬祭)の普及に積極的な神主です。

年長の先輩神職からすれば異常なほどでしょう( ̄m ̄〃)

今年は境内に「神道墓苑を造成」しました(^^)b
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/58649719.html


葬儀終了後に関係者の方々とお話をしていると、

「神道の葬儀をはじめてみました。

 神事に雅楽を取り入れてるんですね(^^)」

とか、

「神式のお葬式なんてあったんですね。

 今まで仏式にしか参列したことが無かったです(^^;)」

という声を聞く機会が非常に多いです。

実際日本の葬儀の約95%は仏式です(^^)b


今回は

「何故神道の葬儀がなかなか普及しないのか(・_・?)」

「日本の葬儀の大半が仏式である理由」等

についてふれたいと思います(^^)b



【神葬祭は神道の神聖な儀式(第1回目)】

出典:面白いほどよくわかる神道のすべて(菅田正昭箸)

*私の補足解説を含みます(*- -)(*_ _)ペコ


死の汚れ観の超克とミタママツリの伝統葬儀

☆仏教に奪われた葬儀の執行☆


神道における「誤解」の大きなものに「神葬祭」がある。

ふつうには死を穢れとして嫌うといわれる神道の中に、

なぜこれがあるのだろうか(・_・?)


神葬祭は、神道の祭式に基づいて行われる葬儀のことである。

その「起源」は古代のモガリ(殯=喪上がりの約。

アガリはカムアガリのアガリ=岩波古語辞典)の伝統に由来し、

中世以降は仏教と習合し、

葬儀は仏僧の手で行われることが多くなった。

*カムアガリ…「神として天にあがる」の意


とくに、江戸時代に入ると徳川幕府が「国家仏教」体制

ともいうべき宗門改め制度と「寺請制度」によって、

全国民を必ずどこかの寺院に所属させたから、

水戸藩・会津藩など徳川ゆかりの大名家で

儒葬や神葬を行ったような、ごく一部の例外を除いて

葬儀はいっさい、僧侶によって執行された。

(この辺は神主じゃなくても日本史を学んでれば常識ね…)


皇室もそうだったし、

今日において神葬祭の本家のように思われている

出雲大社の国造家(二家)も例外ではなかった。


そのため、幕末期の国学・復古神道(とくに平田系)

の掲げた目標には、

伝統ある神葬祭を仏教側から奪還することにあった。


次回「国家神道が奪還に水をさす」に続きます(^^ゞ