書庫「回答集」の更新です(^^)

コメントのやりとりから

気になった論点を記事にします(*- -)(*_ _)ペコ


さて、皆さんは古事記冒頭に登場する

「天之御中主神」ってご存知でしょうか(・_・?)


神社で祀られている例がほとんど無いから、

「俺はそんな神さん知らんぞヽ(`д´;)/うがぁ!」

という人が多かったりして?(;^_^A アセアセ・・・


どんな神格をもった存在なんでしょうか?(-_-)ウーム

単なる数合わせの神さんなんでしょうか(・_・?)


古事記を書き下し文で紹介してくれているHPがあったわよ(^^)b
http://homepage1.nifty.com/Nanairo-7756/


(-_-)ウームどうして天津神の中でも「別天津神」という

至上の存在として称えられてるんでしょうか(・_・?)

もしかして、神明様よりも尊いのかしら(・_・?)

学者先生方はこんな解説をしているようです↓(^^)b



【天地の初発(はじめ)-ムスビの信仰】

出典:神典解説資料(1)古事記解説 神社本庁

古事記の冒頭の文は、日本書紀に比較すると、

その文章も内容も日本神話の本質を多量に含んではいるが、

天之御中主神の如き、宇宙絶対の元神を想像したり、

生産(むすび)の力を神格化した産霊神を設けたりしているのは、

シナの宇宙創造説にならって構成したものであるとも説かれる。


しかし、よしや外来思想の影響があり、

また人知の進歩した後世において創造せられたものであっても、

これが古事記編纂の当時までには、

既に上古の神話とよく調和したもの

となっていたに相違ないともいわれる。(次田潤「古事記新講)」


これに対し山田孝雄博士には強い反論がある。

即ち、この三神は序文の乾坤初めて分れて

三神造化の首(はじめ)となるにあたる。

併し序文は漢文であって、

その文字のままに解釈しては日本思想にならぬ。

この造化三神のところが日本神道の根源で、

あとはこれから出たものである。

一日で云えば夜明けにあたる時分、

造化三神については、此頃は後世の添加であると言い、

しかもそれが定説であるというが、若し後世の添加としたならば、

どこから取って来たか。

シナにも印度にも日本の造化三神を産み出す思想は全然無い。

古事記と日本書紀を比較するに、

書記には本文に造化三神のことがない。

しかして一書曰の中の一書にある。


日本書紀では「国常立尊」を始めとする。

これは「支那の模倣」であるということを、

河村秀根の日本書紀解集に既に説いてある。

もしそうだとすれば、

書紀が載せていないこの「造化三神」こそが

日本思想の大きな特徴ではないか。

天之御中主のことが根源で、あとは末のことである。

すべて天之御中主の展開のすがたである。(「古事記上巻講義」)


天之御中主神については、明治の初期は別として、

神社が国家の保護を受けた時代に問題となったことがある。

阪本広太郎神祇院考証課長の説明は、

当時の内務省の正式見解と見ることができるはずです。


宮中にお祀りにならぬと申しても、

宮中八神殿(神殿)には高皇産霊神、

神皇産霊神をお祀りになってをられます。

両産霊神はいうまでもなく、天之御中主大神から出て居られる神で、

天之御中主神を宇宙の大生命とすれば、両産霊の神は、

この大生命の生成発展の作能が発現しているもので、

そして又、八百万神となって来るのであります。

(日本神道説について「建設18-5」所収)


日本国民の絶対の信仰として、

八百万神を通じて天照大神に帰依しても、

又天之御中主神を通じて天照大神に帰依してもよく、

それは又国体に対する信仰と別物ではないという所に、

神道の大きな特色があると思う。

しかし、何と言っても、国家祭祀を通じての中心神は

天照大神にあらせられるということは

動かすべからざることであって、

一部に外宮の祭神は天之御中主大神であるという

説き方をしているものもあるが、

これは国家として許されないと思われます。(「同上雑誌」)

とも説明してある。


諸先生の解説なんて退屈かしら?( ̄m ̄〃)

今日はもう寝る(-_-)zzz まだ続くわよ…