書庫「宗教全般」は超久々の更新となります(^^;)
さて、今から私が以下のような発言をしたとします。
「絶対に宗教的原理で政治をおこなうべきですよ(^^)b」
おそらく…
「お前は馬鹿じゃないかヽ(`д´;)/うがぁ!」
「時代錯誤もはなはだしいヽ(`д´;)/うがぁ!」
と反論される方がほとんどではないでしょうか?(;^_^A アセアセ・・・
国民の99%が反対するのではないでしょうか(・_・?)
高校2年までの私は、政治と宗教は分離すべきものと考えていました。
そんなことは当然のことだと… 当たり前すぎるだろうと…
しかし、今ではなんて愚かな考え方だと思っています。
その頃の私は「近代啓蒙思想」とやらに毒されていたのでした(-_-)ウーム
まあ学識が足りなかったし、
自分の常識とやらをとことん疑ってみることもなかったのです。
【政治と宗教について(第1回目)】
出典:生存法則論 第三巻 政治編(戸松慶議著)
政治と宗教は分離すべきものであって、
一致すべきものではないと近代人は考えている。
近代社会は宗教から政治が離脱したものとして独立し、
自立性を保ってゆくものであるとされている。
その理由を近代に尋ねることにしよう。
宗教的原理で政治をおこなうことを「神政政治」といい、
いわゆる宗教家が政治を掌った中世期の政治をいう。
中世においては政治が宗教の一部であるのみでなく、
宗教が政治的地位に立って政治権力を振い、機能を発揮していた。
近代以前の社会にあっては、
僧侶が宗教的権威と政治的権力とをもって社会を動かしていたが、
近代になってブルジョアジーの経済的権力が社会の主導性を握り
政治を操るようになったため、宗教は私的な精神的なものに後退し、
政治的作用が無くなり政治と直接関係ないものになった。
その後宗教は伝統的文化の一つとして社会の片隅に片付けられ、
無神論や虚無主義や唯物主義との対立をつづけ、
しばしばそれらに否定される立場に立たされるに至った。
中世期までは宗教がもっとも活力ある機能であった。
政治がたんに宗教を仰ぐというだけでなく、
僧侶または僧侶的性格の者が支配者になり、
政治を掌っていたものである。
しかるに近代に至って宗教的原理では統治できないほど、
社会構成が複雑となり、
宗教に依存しない生活領域が拡大して来ると、
宗教の今までの能力が役立たなくなり、
自然に新しい原理の成立に期待をかけ、
それに救いを求めるようになって行った。
宗教改革を通じて政治の独立がかくして成立し、
政治権力社会を形造ったのである。
政教分離の直接動機は、ローマ法王や僧族階級および教会が絶対権を握り、
民衆の生活や精神上の要求を束縛干渉するのみならず、
人民に対して「免罪符」なるものを売出して頽廃と罪悪を奨励し、
剰え僧侶が政治権力を濫用して
神の名による非道のかぎりを重ねていたところにある。
そこで宗教を護り、政治権力の濫用を防ぐために、宗教改革を行って、
宗教から政治権力を切り離し、政治の独立を図り、
宗教の本分をなり立ててその役割を明らかにする必要が生じた。
まあここまでは皆さんもよく知ってますよね?σ( ̄∇ ̄;)
政治と宗教は分離して当然に思えるでしょ(・_・?)
宗教改革は本来純粋に宗教的な理由から発した運動であるが、
その展開過程において
深甚な政治的社会的交渉と影響力をもったものであった。
宗教家に政治権力を委ねておくと神の名で民衆を欺き、
権力を濫用して頽廃と堕落を重ね、神を冒涜し、
政治と宗教を自殺せしめることになる( ̄m ̄〃)←笑うな!
ここに分離独立の必要と理由がおこったのである。
ところがここで問題となるのは、
政治と宗教の分離の前提条件と独立分限の意義が混同され、
政治と宗教を完全に分離して無関係な二つの存在にしてしまったことである。
政教分離の理論の中には、
内面的結合関係を無視して離脱と断絶が見られる。
特に近代啓蒙思想は、
政治と宗教の絶対的背反を予想して組み立てられ、論ぜられている。
しかるに政治と宗教は「生命作用としての倫理」を基礎として、
分を異にする二つの機能として統一せらるべきものであって、
近代理論のごとく背反、分離、無関係の存在ではないのである。
政治と宗教の関係について我々は歴史的に検討してゆく必要がある。
↑最後の記述の意味を理解するのは難しいです。
非常に高度な知識が必要となる部分です。
今後補足説明しながら記事にたいと思っています。
政治編だけでも四五〇貢あるので大変です(;^_^A アセアセ・・・
さて、今から私が以下のような発言をしたとします。
「絶対に宗教的原理で政治をおこなうべきですよ(^^)b」
おそらく…
「お前は馬鹿じゃないかヽ(`д´;)/うがぁ!」
「時代錯誤もはなはだしいヽ(`д´;)/うがぁ!」
と反論される方がほとんどではないでしょうか?(;^_^A アセアセ・・・
国民の99%が反対するのではないでしょうか(・_・?)
高校2年までの私は、政治と宗教は分離すべきものと考えていました。
そんなことは当然のことだと… 当たり前すぎるだろうと…
しかし、今ではなんて愚かな考え方だと思っています。
その頃の私は「近代啓蒙思想」とやらに毒されていたのでした(-_-)ウーム
まあ学識が足りなかったし、
自分の常識とやらをとことん疑ってみることもなかったのです。
【政治と宗教について(第1回目)】
出典:生存法則論 第三巻 政治編(戸松慶議著)
政治と宗教は分離すべきものであって、
一致すべきものではないと近代人は考えている。
近代社会は宗教から政治が離脱したものとして独立し、
自立性を保ってゆくものであるとされている。
その理由を近代に尋ねることにしよう。
宗教的原理で政治をおこなうことを「神政政治」といい、
いわゆる宗教家が政治を掌った中世期の政治をいう。
中世においては政治が宗教の一部であるのみでなく、
宗教が政治的地位に立って政治権力を振い、機能を発揮していた。
近代以前の社会にあっては、
僧侶が宗教的権威と政治的権力とをもって社会を動かしていたが、
近代になってブルジョアジーの経済的権力が社会の主導性を握り
政治を操るようになったため、宗教は私的な精神的なものに後退し、
政治的作用が無くなり政治と直接関係ないものになった。
その後宗教は伝統的文化の一つとして社会の片隅に片付けられ、
無神論や虚無主義や唯物主義との対立をつづけ、
しばしばそれらに否定される立場に立たされるに至った。
中世期までは宗教がもっとも活力ある機能であった。
政治がたんに宗教を仰ぐというだけでなく、
僧侶または僧侶的性格の者が支配者になり、
政治を掌っていたものである。
しかるに近代に至って宗教的原理では統治できないほど、
社会構成が複雑となり、
宗教に依存しない生活領域が拡大して来ると、
宗教の今までの能力が役立たなくなり、
自然に新しい原理の成立に期待をかけ、
それに救いを求めるようになって行った。
宗教改革を通じて政治の独立がかくして成立し、
政治権力社会を形造ったのである。
政教分離の直接動機は、ローマ法王や僧族階級および教会が絶対権を握り、
民衆の生活や精神上の要求を束縛干渉するのみならず、
人民に対して「免罪符」なるものを売出して頽廃と罪悪を奨励し、
剰え僧侶が政治権力を濫用して
神の名による非道のかぎりを重ねていたところにある。
そこで宗教を護り、政治権力の濫用を防ぐために、宗教改革を行って、
宗教から政治権力を切り離し、政治の独立を図り、
宗教の本分をなり立ててその役割を明らかにする必要が生じた。
まあここまでは皆さんもよく知ってますよね?σ( ̄∇ ̄;)
政治と宗教は分離して当然に思えるでしょ(・_・?)
宗教改革は本来純粋に宗教的な理由から発した運動であるが、
その展開過程において
深甚な政治的社会的交渉と影響力をもったものであった。
宗教家に政治権力を委ねておくと神の名で民衆を欺き、
権力を濫用して頽廃と堕落を重ね、神を冒涜し、
政治と宗教を自殺せしめることになる( ̄m ̄〃)←笑うな!
ここに分離独立の必要と理由がおこったのである。
ところがここで問題となるのは、
政治と宗教の分離の前提条件と独立分限の意義が混同され、
政治と宗教を完全に分離して無関係な二つの存在にしてしまったことである。
政教分離の理論の中には、
内面的結合関係を無視して離脱と断絶が見られる。
特に近代啓蒙思想は、
政治と宗教の絶対的背反を予想して組み立てられ、論ぜられている。
しかるに政治と宗教は「生命作用としての倫理」を基礎として、
分を異にする二つの機能として統一せらるべきものであって、
近代理論のごとく背反、分離、無関係の存在ではないのである。
政治と宗教の関係について我々は歴史的に検討してゆく必要がある。
↑最後の記述の意味を理解するのは難しいです。
非常に高度な知識が必要となる部分です。
今後補足説明しながら記事にたいと思っています。
政治編だけでも四五〇貢あるので大変です(;^_^A アセアセ・・・