書庫「五大神勅」の第1回目は天壌無窮-(天津日嗣)からです(^^)
一番知名度が高いので知っている方は多いのかもしれませんね。
いや、戦後教育を受けて知らない人がほとんどだったりして?(;^_^A アセアセ・・・
出典:生存法則論第一巻 古事記解説(戸松慶議著)
『豊葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂の國は、
これ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。
爾(いまし)皇孫(すめみま)、就(ゆ)きて治(し)らせ。
行矣(さきくませ)。寶祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、
當(まさ)に天壤と窮まりなかるべし』
「豊葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂の國は」
豊葦原とは、勢いよく相揃って萌え上っている所という意味である。
千五百秋(ちいほあき)とは、時間的に永遠を表している。
瑞穂の國とは、若々しく伸びる穂という意味。
つまり生成発展して滞るところを知らぬ世界という義をいっているのである。
「これ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり」とは、
天照大御神の大御心、弥栄の御精神を体現する者の中でも、
特にその中心となるべき王の地である。
従って原則上絶対条件として、
天照大御神の大御心を御心(天之御中主神-宇宙の中心生命基礎
を主宰して、万物万象を生成化育する作用)とする
子孫の中心人物(天皇)の地であるという意味である。
「爾(いまし)皇孫(すめみま)、就(ゆ)きて治(し)らせ。」とは、
万世一系の天皇がこれを治め給えということである。
「しらす」「しろしめす」は「領く(うしはく)」領有、私有と違って、
自己を空しうして宇宙万物を生成化育する精神をもって治めよというのである。
↑いきなりこんなの読んでも初学者には理解できないかも?(^^;)
関連記事を貼っておきますね(*- -)(*_ _)ペコ
関連記事1【天津日嗣(あまつひつぎ)について】
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/50983641.html
関連記事2【天照大御神と須佐之男命 うけひの勝負(第1回目) 】
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/53405035.html
従って皇孫天皇は道・神ながらの道を基本にして
万民の希望、要求、理想を受容れ、これを美化し、
且つ浄化統治にあたらねばならない。
「しろしめす」の義は、
万邦をしてその所を得せしめ、兆民をしてその堵に安ぜしむであって、
人の天分を発揮せしめ、個性を明らかにし、
人をしてその所を得せしめることである。
権力、権威、武力、征服、支配によって占領統一することではない。
「さきくませ」とは、
弥栄えにましませ、永遠に創造発展して行きませ、ということ。
「寶祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、
當(まさ)に天壤と窮まりなかるべし」とは、
わが皇室、日本民族は、
永遠無限に発展してとどまるところはないぞということである。
この神勅は天照大御神の御本質をありのまま表現したもので、
その精神は日本民族にのみに限ったものではなく、
広く全世界に共通するものである。
天照大御神の御本質生命は、いうまでもなく万物万象を生成化育する
生存の法則生命をいうのであって、
力をもって征服、支配、領有、私有とは本質を異にするものである。
今日の天皇、民族は、外来民主主義の圧力に屈し、
皇祖の偉大な大御心を退け、占領時代に制定せられた
思想的根拠甚だ不完全にして、
粗雑浅薄なる憲法を基準に御行動遊ばされておるもののごとく
拝察せられるが、これが国を動揺せしめ、
不安対立、闘争混乱せしめる因をなしている。
関連記事3【経典の天皇について】
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/50900160.html
次回は第二神勅-同床同殿-(国家統治の原則)についてです(^^ゞ
一番知名度が高いので知っている方は多いのかもしれませんね。
いや、戦後教育を受けて知らない人がほとんどだったりして?(;^_^A アセアセ・・・
出典:生存法則論第一巻 古事記解説(戸松慶議著)
『豊葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂の國は、
これ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。
爾(いまし)皇孫(すめみま)、就(ゆ)きて治(し)らせ。
行矣(さきくませ)。寶祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、
當(まさ)に天壤と窮まりなかるべし』
「豊葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂の國は」
豊葦原とは、勢いよく相揃って萌え上っている所という意味である。
千五百秋(ちいほあき)とは、時間的に永遠を表している。
瑞穂の國とは、若々しく伸びる穂という意味。
つまり生成発展して滞るところを知らぬ世界という義をいっているのである。
「これ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり」とは、
天照大御神の大御心、弥栄の御精神を体現する者の中でも、
特にその中心となるべき王の地である。
従って原則上絶対条件として、
天照大御神の大御心を御心(天之御中主神-宇宙の中心生命基礎
を主宰して、万物万象を生成化育する作用)とする
子孫の中心人物(天皇)の地であるという意味である。
「爾(いまし)皇孫(すめみま)、就(ゆ)きて治(し)らせ。」とは、
万世一系の天皇がこれを治め給えということである。
「しらす」「しろしめす」は「領く(うしはく)」領有、私有と違って、
自己を空しうして宇宙万物を生成化育する精神をもって治めよというのである。
↑いきなりこんなの読んでも初学者には理解できないかも?(^^;)
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関連記事1【天津日嗣(あまつひつぎ)について】
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/50983641.html
関連記事2【天照大御神と須佐之男命 うけひの勝負(第1回目) 】
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/53405035.html
従って皇孫天皇は道・神ながらの道を基本にして
万民の希望、要求、理想を受容れ、これを美化し、
且つ浄化統治にあたらねばならない。
「しろしめす」の義は、
万邦をしてその所を得せしめ、兆民をしてその堵に安ぜしむであって、
人の天分を発揮せしめ、個性を明らかにし、
人をしてその所を得せしめることである。
権力、権威、武力、征服、支配によって占領統一することではない。
「さきくませ」とは、
弥栄えにましませ、永遠に創造発展して行きませ、ということ。
「寶祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、
當(まさ)に天壤と窮まりなかるべし」とは、
わが皇室、日本民族は、
永遠無限に発展してとどまるところはないぞということである。
この神勅は天照大御神の御本質をありのまま表現したもので、
その精神は日本民族にのみに限ったものではなく、
広く全世界に共通するものである。
天照大御神の御本質生命は、いうまでもなく万物万象を生成化育する
生存の法則生命をいうのであって、
力をもって征服、支配、領有、私有とは本質を異にするものである。
今日の天皇、民族は、外来民主主義の圧力に屈し、
皇祖の偉大な大御心を退け、占領時代に制定せられた
思想的根拠甚だ不完全にして、
粗雑浅薄なる憲法を基準に御行動遊ばされておるもののごとく
拝察せられるが、これが国を動揺せしめ、
不安対立、闘争混乱せしめる因をなしている。
関連記事3【経典の天皇について】
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/50900160.html
次回は第二神勅-同床同殿-(国家統治の原則)についてです(^^ゞ