先日、私(神主本多)が訪問させていただいたブログで、

以下のようなコメントのやりとりがありました。



訪問先ブログ【まじめに考えるヒント】
http://blogs.yahoo.co.jp/philosopher821



はじめまして、田舎神主の本多です(^^)

訪問ありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコ



古来追求されて来た道徳哲学が「人間の倫理」に

確固たる基準を示せないで悩んでいたとき、

これに決着をつけたのが宗教でした。



倫理は相対性なもんですからね…



そのため宗教には「自覚・反省・懺悔」などがつきものです。

自然科学や哲学で「規範意識」を養うのは無理がありますからね(^^;)



ところで、人間にとって最も辛いことって何でしょうか(・_・?)

人それぞれ色々な回答があるとは思いますが、

私は「自己の存在価値を否定すること」にあると思っています。

この状況を解決する機能が宗教にはあるんです。



例えば、殺人を犯した人が出所後に「自責の念」にかられているとします。

「自分は駄目人間なんだ(-_-;) 人間のクズなんだΣ(|||▽||| ) 」

こんな感じです(^^;)



自分で自分を許す事が出来ず、ただ毎日自分を責め立て続ける、

その果てにあるものは、更なる絶望→自殺というパターンでしょうか。

自分を許してくれる存在が必要なんです。

それが神仏というわけです。



多くの宗教には人間が罪悪を犯すことを前提とした思想があります。

↑のように精神の浄化が必要な人物が、

神仏の御前で許しを乞うわけです。

一方で「自責の念」が無いのも困りもんです。

反省無ければ「再犯」ということもありますから。



とはいえ、宗教もそれ自体完璧なものではないので、

あれこれ争いの種になってきたことも歴史的事実ですね。




以下は訪問先のブログ管理人「木梨哲朗」さんのコメント↓

本多さん、罰当たりなことを書きまして申し訳ありません。

解答を見出すことが困難な問題に関して、

宗教が一定の答えを与えてくれることは確かだと思います。

私は別の方向で答えを出すことを考えています。

哲学により倫理や規範を養うことに無理があるとは思いません。



価値の根源は何かを明らかにすることは、哲学の大きな任務だと思います。

人間のないところに人の道はありません。

人の道は、人間が生きていくために必要なものです。

その根底には、人間相互の肯定、

すなわち
ヒューマニズムがあると思います。


あらゆる歴史上の誤りは、


ヒューマニズムからの逸脱にあるのではないかと思っています。

現在の環境問題に関しても、人間中心主義の弊害というよりも、

自国の利益を優先する国レベルのエゴイズムの問題があると思いますし、

民主主義が発展しても簡単には解決できそうにもありません。




管理人さんのコメントはここまで。



さて、管理人さんのコメントにヒューマニズムが出てきました。

ヒューマニズムは宗教ではありませんが、

ギリシャに発し、ヨーロッパに育ち、

且つ近世400年の間全世界を支配してきた

最も強大なる文化思想であるが故に、

この特徴を理解しておくことが重要かと思いました。



ちょうど私が師と仰ぐ戸松慶議先生の著書

「天皇論-日本固有の道」でもふれられているので、

次回はこれを紹介してみたいと思います(^^ゞ