「本当に、神道はあの戦争に加担する必然性があったのでしょうか?」



この質問に対する5回目の記事となります(*- -)(*_ _)ペコ



1回目の記事はこちら↓
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/52108491.html


2回目の記事はこちら↓
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/52124577.html


3回目の記事はこちら↓
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/52127505.html


4回目の記事はこちら↓
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/52143278.html



⑥「国家神道とは神道の本来あるべき姿なんですか(・_・?)」

⑦「神道古典に述べられる天皇統治の本質について教えて(・_・?)」



前回は上記⑥&⑦について考察するため、

近代(明治維新~第二次世界大戦)において主流となっていた

神道思想(国体神道)に基づいて、

政府が神道の国教化運動を進めたが、

結局は「挫折」したことまでを説明いたしました(*- -)(*_ _)ペコ



このように「歴史的事実だけ」を述べると、

「あれっ(・_・?)国家神道なんて成立してないじゃんヽ(`д´;)/うがぁ!」

「神道は国教になってないじゃないかヽ(`д´;)/うがぁ!」

と誤解する方もいるかもしれませんね(;^_^A アセアセ・・・



そもそも、

「国家神道とはどのように概念規定されているか(・_・?)」

これをちゃんと確認しておきましょう(^^ゞ 



出典:神道辞典(國學院大學日本文化研究所)



国家神道とは狭義には戦前の国家によって管理され、

国家の法令によって他の神道とは区別されて

行政の対象となった神社神道を指すが、

広義には皇室神道と神社神道とが結合した

国教的地位にあった神道であるとか、

明治維新から第二次世界大戦の敗戦に至るまで、

国家のイデオロギー的基礎となった宗教。

事実上の、日本の国教といった概念規定もある。



国家神道をどのように概念規定するかは

研究者によってまちまちであるが、

国家神道という用語が一般化する直接の契機となった

昭和20年(1945)12月15日の神道指令では、


「国家神道とは日本政府ノ法令ニ依ツテ

 宗派神道或ハ教派神道ト区別セラレタル一派ヲ指ス」

と明確に定義されている。




この神道指令の国家神道に対する概念規定・定義は、

戦前においてもほぼ同様に認識されており、

その成立の契機となって法令・行政は神社非宗教論を前提とした

明治15年(1882)の神官教導職分離、

および神社行政を他の宗教行政から区別して扱うようになった

明治33年(1900)の神社局の設置である。(国学院大学教授・阪本是丸氏)



⑥&⑦は関連論点なんですが、

次回「明治の元勲たちが犯した天皇観の誤謬」に続きます(^^ゞ

そろそろまとめたいですね(^^;)