
今日は少し考え事をしていました(-_-)ウーム
『神道には家族主義的な思想が根底にある。』
まあこれはその手の専門書でよく述べられていることです。
Q&A【家族主義】とは(・_・?)
家族内にみられる人間関係や生活態度ないし意識を、
家族以外の社会集団へも広げ適用しようとする考え方。
また、これに基づく制度や慣習。
神道が日本の「稲作文化」の中で育まれてきたことは、
今更誰も否定しないと思います。
上古の社会は農耕生活が中心であったため、
宗教信仰もそれに順応したものであり、
そこに一つの特性が生まれます。
農耕生活は遊牧生活とちがって安住性をもち、
かつ集合性が強い。当たり前のことですが…
これが社会結合を地域的たらしめ、
同時に血縁的でもあり、同質の身分的結合であることになる。
定住農耕民族の特徴は「地縁・血縁」を重んじ、
産土神や氏神を中心に祭祀を行うことにあります。
慣習上「共同祭祀」を基本とするようになります。
これには祭りという共同作業を通じて、
「共同精神」や「連帯責任意識」を養うという
意図があることは明白でしょう。
今でも田舎の多くの神社は、
その名残で同じ地域に住むもの同士の同朋意識のもと、
氏子さんが神社のお祭りを継承しています。
もちろんこれは地域の「慣習」です。「契約」ではありません。
ところで、神道には「初宮詣」がありますが、
これを「氏子入りの儀式」として残している地域もあるようです。
また、当宮には厄年(役年)の男性が祭典奉仕者として
お祭りに参加している写真があるんですが、
厄年(役年)とはかつて、還暦や古希などの他の祝い事と同じように
「ハレ」の年齢と考えられ、一定の年齢に達した者がお祭りの行事の諸役として
村落共同体の中での一定の地位を与えられることを意味し、
「祝い年」として認識されていたらしいです。
◎役年(厄年)…役割を担う年ってことでしょうね(-_-)ウーム
こうやって改めて考えてみると、
根底に「家族主義的な思想」があることが見えてきます。
まあ天皇陛下の宮中祭祀が国民全体のためのものですからね~
宮○庁は公式会見で「私的なもの」とか言ってますが…( ̄m ̄〃)
一方のキリスト教はどうなんだろうか(・_・?)
私があれこれ検索していたら、
『西洋の民主主義は個人主義を基にしており、
その個人主義はキリスト教の「神と個人との契約」
という感覚が根底にある』
と述べている宗教関連サイトもありましたが、
これは本当かな(・_・?) 的を得ているのかな(・_・?)
やはり「契約」という部分がキーワードでしょうか?
俺は契約してこの神社の「氏子」になった覚えはないぞヽ(`д´;)/うがぁ!
戦後はこんな発言が多くなりました(^^;)
でも都会じゃこうした「慣習」は通用しないでしょうな~(-_-)ウーム
だからこそ新たな「指導原理」を明確にしなきゃね…
この話は明日に続きます(^^ゞ
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