天津日嗣(あまつひつぎ)について、第4回目の記事となります(^^ゞ



出典:「天皇論-日本固有の道(戸松慶議著)」



第1回目の記事です↓
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/47178330.html


第2回目の記事です↓
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/47701998.html


第3回目の記事です↓
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/47870148.html




伊邪那岐神…いざなぎのかみ

「いざな」は、誘う、促し、励まし、意気込む。

「ぎ」は気、精気(生命根源の力、精神と気力)、

元気、勇気、気力、気魄(きはく)、気魂の気である。



鉱物は存在し、植物は作用して生き、動物は本能によって生存し、

人間は理性と感性、意識、知識、気力により、

誘い合い、促し合い、励まし合って生活して行くものである。

その点をとって人間を表している。




妹伊邪那美神…いざなみのかみ

「いざな」は前述した通り。

「み」は霊、実、身のことであって、気と同じく霊魂を表している。



気は男を表し、霊は女を表す。

つまり子を生むのに男は気を用い、女はそれを霊で受け霊身を生成する。

いざなぎ、いざなみの神は特定の人間を表したのではなく、

おほとのぢ・おほとのべの神が動物全体を表しているように、

人間全体を表しているのである。

つまり人類の発生(祖)を説いているのである。



以上の十二代十七柱の御神名は、我が国の先祖が、

宇宙生成の開闢から、人類の発生出現までについて説いたものである。

ユダヤ神話などとは本質を異にするものである。



ことに天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)から、

十二代十七柱の御神名を記録しているのみで、

その間年数や事蹟等について一言もふれていない。

これは我が国神話の一大特色であると同時に、

日本民族の性格を表すものである。



これは要するに神道が生命・エネルギー作用を

そのまま人間生活の基本(神)としてとらえ、

理性と感性の創造的活動規範を規定して、

その行き過ぎや越脱や脱線、

そして弛緩(チカン-ゆるむこと・たわむこと)、

頽廃(タイハイ-道徳・気風が崩れる)を防ぎ、

永遠の発展と繁栄を企図してきた結果によるものである。



この意味が分かるでしょうか?



日本の神道は他宗教と異なり、

宗教的天才の聖人(教祖)が考え創造工夫して造ったものでなく、

宇宙の実在をあるがまま感受し感得したものである。

であるから日本の神は「理性」で考え出した

万物万象の造り主神ゴットやアラーや仏とは本質を異にし、

宇宙の法則や生命作用及び万物万象の作用そのものを

神と称しているのである。



その意味に於いて、日本の神は救済神というより、

法則順応の「随神・惟神(かむながら)」である。


*惟…「思う・随う」の意



宇宙の法則や森羅万象の作用に随うことが、

他宗教でいうところの救済であり、

神のはたらきに随うことがいわゆる神道に於ける救世救民である。

神道は「法則と生命」の論であり教である。



そして、それを人間教典として表現なさってきたのが、

天皇陛下(あまつひつぎ すめらみこと)なのです。



ところで、人間は自分で生命をつくることはできません。

髪の毛一本つくることができません。内臓もそうです。

「生命作用」の所産なので明白です。

生命体を人間の「理性」だけでつくることは不可能です。



そうなるとやはり…

宇宙自然の中から出てきた人類の存在も、

「生存法則(神)」の範囲内で許されているってことなんでしょうな…(-_-)ウーム



神様ってホント馬鹿にできませんよね?(^^;)←当たり前だろ!



次回に続きます(^^ゞ