【民主主義と国民教育について(第1回目)】 

日本は民主国家として成熟していないと指摘されることも多いようですが、

今回はそれと関連した内容の記事を更新しました(^^ゞ



出典「戸松慶議著 天皇論-日本固有の道」



国民大衆を指導教育せずして選挙に動員することは、

徒らに混乱と政治的堕落を招くことになる。



要するに国民の一人一人が教養ある健全な知識と道徳を身につけた

政治的国民となることが必要であるということである。



専制政治においては、政治権力を行使するのは一部の特権者であるから、

これらの者が優れておれば、

一般被治者大衆はそれほど教養がなくとも運営せられるが、

民主政治では、一般国民が参政権をもって政治に参与するのであるから、

国民一人一人の教養が直ちに政治の優劣となって現れることになる。

そこに民主政治が「衆愚政治に堕する危険」がある。




民主政治は民主主義の原則を身につけたものでなければ、

その「機能の発揮」は出来ない。



民主主義の最高理念は「人間性を信頼する」ということである。

即ち人間の人格を尊重し合う精神を持つことである。

人間は貧富貴賎、強弱優劣、身分地位、

性格美醜、賢愚老幼、職業の如何を問わず、

ひとしく尊厳を認めなければならない。

これは神の思想であり「宗教と立場を同じくする人道精神」である。



そこから万人に基本的人権を保障するのみならず、

言論、出版、集会、結社などの政治的自由の上に、

政治参政権を認めることとなるのであるが、

それに値する国民となるには、民主主義の精神が国民全体に行き亘り、

人格の尊厳と人間の基本的人権と「自由の意味を体得」し、

人格教養を深め、自尊心と自覚をもつと共に、

政治や社会問題を理解し、それを正しく判断し、

その判断を自由に表明する知識と教養を身につけなければならない。



万人が万人を尊敬し合い信頼し合うところに、

政治的統治を容易にする政治的自治が成り立つ。

連帯責任や共同精神がおこり、

神の支配即ち「人間による人間の支配」のない社会が実現されるのである。



自己の人格を尊重し、自由と権利を大切にすることを弁えぬ人間は、

他人の人格もその自由と権利をも無視して顧みない人間である。

又社会公共体の問題を正しく理解し、正しく判断し、

その所信(信じている事柄)を自由に表明することのできないような人間には、

参政権もすべての政治的行為もその意味を失う。

教養のない道徳心の低い政治的無知無自覚な国民に政治的自由を与えたら、

却って混乱と堕落と無秩序をもたらすことになる。



次回「第2回目」に続きます(^^ゞ



戸松先生は著書の中で、

政治形態を大別すれば「民主政治と専制政治」の二つに分けられるが、

専制政治と民主政治の優劣はもとより一長一短あって断定できないが、

両者の長を採り、短を捨てて「融合一体の体制を確立」することが出来れば、

これに優る政治体制はあるまいかと思う、と述べています。



神道理念に見られる「祭政一致の原理」はその実現を目的としたものですが、

未だ嘗てこれが完全に行なわれたことはないのです(T_T)

これについて具体的に記事にするのはかなり先のことになると思います。



余談ですけど、戦後「民主主義」とやらが、

絶対的な「善玉」だと思い込んでいた高校生の頃の私は、

単なるお馬鹿だったと思います(^^;)←知識と教養の無い国民の代表?

あなたはどんな「政治体制」が理想だと思いますか?