あれこれブログを見ていたら、

以下のような記事を書いている方がおりました。


『ウチの町内にも神社があるんだけど、

 日本古来の季節毎のお祭りを開催するために、
 
 例年交替で年番があれこれと名目をつけては寄付を集めに来ます。

 神道にはこれといって定まった教義がないらしいし、

 神社って単なる「イベント屋さん」だと思います。

 そんなイベントに毎回寄付を出すのが馬鹿馬鹿しくなります。』



「イベント屋さん」だって…(T_T)

 パン祭り、洋服祭り、果物祭りなんかと同列ってことですか?(ノ゚ο゚)ノ



【お祭りとは何だろうか(・_・?)】

祭りの語義は、祭り、政りごと、服(まつろ)う、交る、日待、月待、

待合などの「まつ」であって、

すべて一つになるという意味を含んでいる。



まつりの本義-まつり、まつる、

まつらう、まつりごと等「まつ」というのは

主体と客体、神と人、対象と我、自他相待って一体となることである。

神を祭って「神人一体」となることである。



祭儀の意義は、奉斎している地域社会の住民が共同して、神を招き迎え、

その徳風を讃美し、その恵みを感謝し、霊を慰籍し、加護を祈念し、

大事を報告するため、禊祓(みそぎはらえ)をし、

清く明く直き心を捧げ行なう儀式である。



即ち祭儀が威儀を正し礼儀・行儀・節義・作法一切を

成り立て掌るものであって、

儀の根本はこれに発しているといっても過言ではない。

厳粛なる祭儀こそ民族精神を形成する器であると見て差し支えない。



祭典には海の幸山の幸の供物を献じ、祓(はらえ)をして祝詞(のりと)を奏上し、

玉串を捧げる。献饌物はけっして他宗教に於ける贖罪(しゅくざい)とか犠牲

を意味するものではない。只管(ひたすら)神への奉讃と勤労と加護に対する

感謝を物語るものである。これが神の道の供物の大きな特徴である。

神は人間の精神魂を練成成就するのみでなく、物体身体肉体を守る生命であって、

常に物心一如、霊肉一体、神人合一、君臣、親子、夫婦一体であることを実現し

具体化するものである。なぜなら神は「両者の共通主体」であるからである。

この辺は神道に於ける「神の原義」にもふれないと意味不明かも?(^^;)

書庫「神話学」なんかも読んでね(*- -)(*_ _)ペコ



要するに、お祭りの本義は守護神への感謝と慰籍であると共に、

御祭神の御心を体得して自己・家庭・社会・国家・人類の繁栄発展を祈願し

実現することである。即ち祭典という「共同行事」を通じて、

神と人、人と人との関連を深め「融和一体」、神の教えを守り、

神と共に自力をもって運命を開拓して、よりよき幸福な生活を営むところに

重大な意義が存するのである。



祭典によって体得した「神人合一の精神」が、

人間生活の原動力となって各々の本分を尽くすならば世に不可能はなくなり、

高天原・天国・極楽浄土・王道楽土となるであろう。

これがいわゆる神の加護であり真の御利益というものである。

出典:戸松慶議著「神道の手引書」より



まあ当たり前のことですが、

飲み食いして騒ぐだけのお馬鹿イベントではありませんよ!(^^;)