今晩もしっかり勉強しておきたいと思います(^^ゞ


天皇の機能(戸松慶議著 天皇論-日本固有の道より)

今回は天津日嗣(あまつひつぎ)についてです。



天津日嗣とは、天津は、古事記に登場する天津神々即ち高天原に存在する神々、

天之御中主(あめのみなかぬし)、高御産霊神(たかみむすびのかみ)、

神御産霊神(かみむすびのかみ)、うましあしかびひこぢの神

天之常立神
(あめのとこたちのかみ)のことであり、



日嗣とは霊統(ひつぎ)であって、霊魂精神を日に日に承け継ぎ、

これを万邦万民に普及徹底し、神の恩恵に浴さしめ、子々孫々弥栄えに栄えしめる意義である。



まあ多くの方々には「御名義(神名の意味)」

が分からないでしょうから、ここで補足説明をしたいと思います(^^;)



古事記、十二代十七柱の神の意義について

古事記や日本書紀を歴史と錯覚している人が割合多いようであるが、

これは歴史を基礎として「伝説と神話」を説いたものである。



上巻は日本民族の理想を物語った神話であり、

中巻は事実でもあり事実でもない、いわゆる伝説を伝えたものである。

そして最後の下巻が確たる歴史である。



この分析が不確であると激越な感情や気分に流され歴史であると断定し、

かえって古事記の権威を損じるばかりでなく、

科学的立場に立って酷評する唯物主義者実証主義者に間隙を与えやり込められることになる。



古事記は日本固有の思想であり、(←単なる模倣という批判もあるが…)

民族独自の性格を表した最も権威のあるものであるから、

時代の変遷に左右される法制上の憲法などよりも、遥かに尊い存在である。



しかし、不思議なことに日本人は古事記、神道を知らない。

神道に定説がないといわれるその言葉自体が、

既に無知を暴露しているのではあるまいかと思う。



例えば古事記の冒頭に見られる「天之御中主」から

「いざなぎ気神」・「いざな霊神」までの十二代十七柱の

神々の御名義は、何を意味するかという最も基本的根源の事実について、

定説となるような解釈をしている書物も人も少ない。



本居宣長大人が三十七年もかかってつくり上げた古事記伝四十四巻にも肝腎の点には触れていない。

理解できなかったものとみえて想像の域を出ていない。

平田篤胤翁も同様である。算克彦博士は「精神的発展現象」にとらえており、

大正期には神道界の最高長老と称された今泉定助翁川面凡児翁は「宇宙の進化現象」として論じている。



その他有名無名の神道研究家が甲論駁乙しているが、一二の人をのぞいて見るべきものはない。



精神的発展現象といい自然的進化現象というも、

万物根源の原理からすれば共通する何ものかがあるであろうから、

いづれの立場から説明してもかまわないが、この神々のはたらきは、

物心の進化現象を語ったものではなく、

むしろ宇宙それ自体の現象をありのままに伝えたものであるように思われる。



この十二代十七柱の「神はたらき」が分からなければ、

日本の神の玄義を理解することはできない筈であり、

神道全体の意義を把握することことができない筈である。



やたら長文になってきたので次回に続きます(^^ゞ