こんばんは、ホンダです(^^)
以前、書庫「神道(惟神の道)」に以下のような記事を更新しました。
先祖崇拝の意義(補足)
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/45325618.html
↑の記事のコメント欄にですが…
『生命の属性としての考える作用の理性』などは非常に表現が理解しにくいです!
というご指摘を頂いちゃいました(^^;)
そんなわけで、補足説明を追加してみたいと思います(^^ゞ
1,【そもそも生命って何だろ(・_・?)】
生命(せいめい)とは、生物が生物として自己を維持、増殖、
外界と隔離する活動の総称であるが、はっきりとした定義を与える事は難しい。
そして、生物を定義するのも難しい。普通の言葉では、生物とは生きているものであり、
生きているとは生命があることであり、といった、言い換えしかできないからである。
生物が無生物から区別される一般的な特徴として、
生物は、①自己増殖能力、②エネルギー変換能力、③恒常性(ホメオスタシス)維持能力
という3つの能力を持っていることです。
◎生命…新陳代謝・分化・統合・引力(陰)・張力(陽)など万物万象を生成化育するはたらき
2,【人間は考える作用の理性を持っている存在】
ところで、人間という生命体はこうした3つの能力しか持っていないのでしょうか?
人間は「文明・文化・芸術」などの価値を創造しました。
それは高度な「理性(考える能力)」を持っている存在だからでしょうか。
考えるはたらきがなかったら人間は他動物と何ら異なるところはないであろう。
人間は考えるという「理性」を持ち得たからこそ、
自然科学を創造して文明生活までしてるんでしょうな(-_-)ウーム←早速考えてる!
人間に理性が無かったら「ブログを開発」することもできなかったんじゃないでしょうか?(^^;)
◎生命の属性…理性(我知欲)・感性(喜怒哀楽)・悟性(真善美)など価値を創造するはたらき
3,【まとめ】
人間が万物の霊長であるといわれる所以はこの生命の属性の「考え、感じ、悟る」
はたらきをもって「価値を創造」するところにあります。
地球上の人間以外の生物植物動物は「生存するだけ」であって価値(文明や芸術)を創造しません。
ここに生命はしばしば意識「理性感性悟性」の立場から
無視され忘れられ見捨てられがちになります。
それは「生命が何等直接価値を創造しない」からです。
だが、生命のないところに意識理性はない。
その意味においては最大の価値であるといえる。
理性感性悟性は「生命の属性」であり、
それを成り立て「機能を発揮」せしめているのは「生命」だからです。
意識や理性は「生命を排除して成立」するものではない。
生命は道を意味し、生命の属性(理性感性悟性)は力を意味している。
道と力は人間生活にとって不離不可分であり、一方のみでは成立しない。
前者の生命作用や宇宙の法則による生は、
植物的であって本能によって生きる高等動物の家畜牛馬犬猫よりも無意識的存在となるおそれがある。
また後者の生命作用や自然法則を無視して理性感性悟性のみに頼る生は、
人間中心人間本位に傾き、近代西洋文明思想の辿った主我主義、主知主義の行き過ぎに見るような、
科学万能と人間性喪失の世界をつくり出すことになる。
生命を離れて人間生活はあり得ないし、
同時に理性感性悟性のないところにも人間生活は成り立たない。
然るに人間はしばしば、我に捉われ、知に迷い、欲に溺れ、
意識の世界に閉じこもり「生命作用や宇宙自然の法則を無視」し、
興亡の圏内を右往左往する半神半獣の生をくり返し続けてきたのです。
戸松先生の著書を要約して簡単にまとめてみました。
後日「図解入り」にして、もっと分かり易く解説した方がイイかも?(^^;)
専門書をジックリ読んだ方がはやいんですけどね…
以前、書庫「神道(惟神の道)」に以下のような記事を更新しました。
先祖崇拝の意義(補足)
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/45325618.html
↑の記事のコメント欄にですが…
『生命の属性としての考える作用の理性』などは非常に表現が理解しにくいです!
というご指摘を頂いちゃいました(^^;)
そんなわけで、補足説明を追加してみたいと思います(^^ゞ
1,【そもそも生命って何だろ(・_・?)】
生命(せいめい)とは、生物が生物として自己を維持、増殖、
外界と隔離する活動の総称であるが、はっきりとした定義を与える事は難しい。
そして、生物を定義するのも難しい。普通の言葉では、生物とは生きているものであり、
生きているとは生命があることであり、といった、言い換えしかできないからである。
生物が無生物から区別される一般的な特徴として、
生物は、①自己増殖能力、②エネルギー変換能力、③恒常性(ホメオスタシス)維持能力
という3つの能力を持っていることです。
◎生命…新陳代謝・分化・統合・引力(陰)・張力(陽)など万物万象を生成化育するはたらき
2,【人間は考える作用の理性を持っている存在】
ところで、人間という生命体はこうした3つの能力しか持っていないのでしょうか?
人間は「文明・文化・芸術」などの価値を創造しました。
それは高度な「理性(考える能力)」を持っている存在だからでしょうか。
考えるはたらきがなかったら人間は他動物と何ら異なるところはないであろう。
人間は考えるという「理性」を持ち得たからこそ、
自然科学を創造して文明生活までしてるんでしょうな(-_-)ウーム←早速考えてる!
人間に理性が無かったら「ブログを開発」することもできなかったんじゃないでしょうか?(^^;)
◎生命の属性…理性(我知欲)・感性(喜怒哀楽)・悟性(真善美)など価値を創造するはたらき
3,【まとめ】
人間が万物の霊長であるといわれる所以はこの生命の属性の「考え、感じ、悟る」
はたらきをもって「価値を創造」するところにあります。
地球上の人間以外の生物植物動物は「生存するだけ」であって価値(文明や芸術)を創造しません。
ここに生命はしばしば意識「理性感性悟性」の立場から
無視され忘れられ見捨てられがちになります。
それは「生命が何等直接価値を創造しない」からです。
だが、生命のないところに意識理性はない。
その意味においては最大の価値であるといえる。
理性感性悟性は「生命の属性」であり、
それを成り立て「機能を発揮」せしめているのは「生命」だからです。
意識や理性は「生命を排除して成立」するものではない。
生命は道を意味し、生命の属性(理性感性悟性)は力を意味している。
道と力は人間生活にとって不離不可分であり、一方のみでは成立しない。
前者の生命作用や宇宙の法則による生は、
植物的であって本能によって生きる高等動物の家畜牛馬犬猫よりも無意識的存在となるおそれがある。
また後者の生命作用や自然法則を無視して理性感性悟性のみに頼る生は、
人間中心人間本位に傾き、近代西洋文明思想の辿った主我主義、主知主義の行き過ぎに見るような、
科学万能と人間性喪失の世界をつくり出すことになる。
生命を離れて人間生活はあり得ないし、
同時に理性感性悟性のないところにも人間生活は成り立たない。
然るに人間はしばしば、我に捉われ、知に迷い、欲に溺れ、
意識の世界に閉じこもり「生命作用や宇宙自然の法則を無視」し、
興亡の圏内を右往左往する半神半獣の生をくり返し続けてきたのです。
戸松先生の著書を要約して簡単にまとめてみました。
後日「図解入り」にして、もっと分かり易く解説した方がイイかも?(^^;)
専門書をジックリ読んだ方がはやいんですけどね…