ちょいと間が空きましたが第3回目の記事となります(^^)

さて、今日もしっかり勉強しますか(^^ゞ まだ基礎知識部分なんですけどね…

1回目の記事↓
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/41724590.html

2回目の記事↓
http://blogs.yahoo.co.jp/fgnpd582/41887548.html

日本に於ける「祭政一致の原理」と中世キリスト教会の「政教政治」とが混同され、
いつしか時代錯誤の思想として取り扱われ看倣されることになったのですが、
その本質は全く異なるものです。

西洋におこった教廷政治は、ローマ法王及び教会の僧侶が、政治権力を掌握し、
神の御名に於いて権力を濫用し、政治支配若しくは宗教を支配したため混乱を生じ、
『祭と政との機能』が崩れ、腐敗堕落し教会は著しく権威を喪失するに至った。

それが因となり果となってルネッサンス運動となり宗教改革となったのである。

Q&A【宗教改革】とは(・_・?)

1517年ドイツのルターが九五か条の意見書を発表し、
教皇レオ一〇世の免罪符(贖宥状)販売を攻撃したのをきっかけに、
一六世紀の西ヨーロッパに展開された宗教運動。

人は信仰によってのみ救われ、聖書のみが神の国を示すと主張して、
制度・教理の両面からローマ教皇の権威を否定し、
ローマ-カトリック教会(旧教)から分離してプロテスタント教会(新教)を設立。

各都市に多くの宗教改革者が輩出、近世の社会変動と呼応して、
近代ヨーロッパ社会の成立の画期となった。

三省堂提供「大辞林 第二版」より

従って近代は「政教分離」が原則となったものであって、
宗教と政治はそれぞれ独立しその機能を明確にしている所以である。

然るに我が国の祭政一致は、宗教家が政治権力を濫用したり、
政治権力が宗教支配したりすることではなく、

事実古来より伊勢神宮若しくは天皇陛下が政治権力を掌握したこともなければ、
政治権力者が伊勢神宮及び神道を支配干渉したこともない。

*重要ポイント!(^^)

【祭政一致の原理とは、祭祀も政治も共に人が神と一体になって天業を完うすることである。
 神と人が一つとなって人事の限りをつくす民族の理想・神道の原理・固有の精神をいうのである。】
 
 出典 戸松慶議著「神道の手引書」より

ところで、大正~昭和一桁生まれの年長者の方々と現場でお話しをすると、
「国家神道」と「神道本来の祭政一致の原理」とを混同している方が多いことに気がつきます。

そもそも「国家神道」と「本来の神道」とでは「神の概念」からして根本を異にするものです。

先の大戦で親兄弟を亡くしている相手の心情を察すると、
あれこれ専門的なことまで説明することを躊躇することが多いです…

「神道=憎むべき危険な存在」という図式のようですからね…(^^;) なんてこった…(-_-;)

でもそんなことを躊躇しているから駄目神主のままなのかもしれない…(-_-)ウーム

次回の第4回目では、「高天原の理念と内宮外宮の意義」に関して深く観察している
中国人胡蘭成博士の論説からふれてみたいと思います。