神無月十五日 日曜日 晴れ 七五三詣の受付をしています(^_^)

「神道は何故他宗を排斥しないか?」について考えてみたことを書いてみたいと思います。

☆☆☆【現代では引っ越してきた住民まで半自動的に?氏子とする神道の特殊性】☆☆☆

宗教は信者が多ければ栄え、いなくなれば廃れるものです。当たり前ですが…

そのため当然のことながら、仏教やキリスト教(特に世界宗教)は、
信者獲得のため躍起になって布教活動をした歴史があります。

キリスト教あたりは、日本でもかなり熱心に布教されてますよね。

なんと驚くことなかれ、ウチにも布教に来たことがあります。

神社の神主の自宅に堂々とですよ… ある意味凄すぎ…(^^;)

まあ神主も教化活動の面では見習わなくてはならないかな…(-_-)ウーム

話がそれました。

ですが「入信の儀式」なんてものが特に無い神道では、
そもそも「信者」という考えがあまりありません。全くないわけではないのですが… 

その代わり「氏子(うじこ)」という概念があります。

本来氏子とは、祖神(一族の始祖神)の祭祀を司る一族のことでしたが、
この日本語は、時代と共に意味が変化しており、
広義では土地を守護する神の、力の及ぶ範囲に住む人を指します。

まあぶっちゃけた話、「ほぼ自動的に、産まれた土地を守る神様の信者になるシステム」です。

この自分の産まれた土地で祀っている神様を産土神(うぶすながみ)と言います。

生まれた土地にだけ左右されるため、引っ越しをしても生涯変わることが無いのが本来ですが、
現在では「神社の付近に住んでいる人は、みな氏子」
という考えになっているため、転居するたびに産土神が変わります。

まあ現代では、「氏子」なんて日本独特の概念を知らない若者が多いですから、
地元の町内会さんが、新興住宅の住人の方に対して、神社のお祭りへの参加をお願いしても、
「宗教の自由」などを主張する人が多くなっているようですけどね…

一般的には、何かがあれば神社にお参りしてきた日本人のことですから、
昔から「自分は特定の宗教の信者なのだ」という自覚なしに、神道の信者をやってきたのです。

冷静に考えるとこれって凄い話しですよね(^^;) まさに国体です。

「神主が信者獲得のために躍起になっている」な~んて話をほとんど聞いたことないですよね。

まとめると…

『日本独特の氏子という概念があるため、信者獲得のために他宗教と争う必要がほとんどなかった。』

これが一つの理由でしょうね。

とりあえず一つだけ書いてみました。まだ色々ありますけどね… またの機会に書きます(^^ゞ

明日は、「岩手県の花巻温泉峡」に一泊旅行ですので、日記の更新ができないかもしれません。

旅館で更新できるかな…(-_-)ウーム

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