神社の「社格」について質問がありましたので、少しふれてみたいと思います(^^)

さて、唐突ですが「①神道とは何ですか?」「②神道にはなぜ教典がないのですか?」
と聞かれたら、あなたなら何と回答するでしょうか?

おそらく、①については、神主さんでもそれぞれ異なる回答をすると思います。

以前に律令制度を研究している方から、こんな見解をいただいたことがあります。

神道とは、國學院の沼部先生が仰るように、「形の儀礼」であり、
一種の神祇官制という行政であり、つまり、政治が儀礼に則って行われ、
儀礼や神事を行う事が朝廷の政治であった古代の日本にとって、
神道には、何かを教化していく定まった教典が必要なかった。

つまり、戦前の神道とは、「国家の祭祀」だったわけです。
当時は全国の神社が国家管理下にあり、社格という「格式」で待遇も異なっていました。

当浅舞八幡神社は「県社」なんですが、古い記録には、戦前の有力地主さんが、
皇室まで出向いて行ってあれこれ上納していた記載があります。

社格もある程度お金しだいだったかな…?(-_-)ウーム

同じ八幡さんでも山口県の白崎八幡宮あたりは、もっと上の社格だと思いますよ。

Q&A【社格】とは?

神社の格式。古く、日本書紀の「天社(あまつやしろ)」「国社(くにつやしろ)」に萌芽がみられ、
律令制度の整備につれて明確に定められた。「延喜式神名帳」には、
官社を官幣社と国幣社に分け、さらにその各々を大社と小社に二分し、
その大社の中から名神(みようじん)を定めたことが記されている。
これらはその格によって幣帛の品目・数量に格差が設けられていた。

また、律令制の崩壊しはじめた平安後期以降、
朝廷から特別の待遇を与えられた近畿地方の大社や、国司の崇敬を受けた一宮(いちのみや)、
一国の総社などは一般の神社とは区別して特別に扱われた。

明治になり1871年(明治4)の太政官(だじようかん)布告で、
大・中・小の官幣社、および別格官幣社、
大・中・小の国幣社、府県社・郷社・村社・無格社に分けて位置づけたが、
1946年(昭和21)に廃止。三省堂提供「大辞林 第二版」より

長文だけどもっと知りたい人はこちらを参考にするといいかも↓
http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/35794/%BC%D2%B3%CA/detail.html?mode=0

この社格ですが、廃止になった現代であっても、
ある種のステータスのように語られることが多い気がします。