今回は、「業と輪廻」の思想について学んでみます。

輪廻(saMsAra サンサーラ)とは、生き物がさまざまな生存となって生まれ変わることです。
輪廻説はピュータゴラス派など古代ギリシアにも見られる。起源についてはいまだ不明らしい。

次に「業」についてですが「業(karman カルマ)」とは「行為」のことです。

行為は行われた後になんらかの効果を及ぼす。

努力なしで、目的は達せられない。目的が達せられるのは、それに向かう行為があるからだ。
しかし、努力はいつも報われるわけではない。報われないことがあるのはなぜか。

運のせいか? そもそも運とは何か? どのように定義されるべきか?

業の理論は、それを「前世における行為」のせいだとする。

行為の果報を受けるのは、次の生で、
この世では、努力してもうまくいく場合と行かない場合がある。

その処遇の違いは、前世に何をしたかで決定されているとする。

行為は行われた後に、なんらかの余力を残し、それが次の生において効果を発揮する。

だから、よい行為は後に安楽をもたらし、
悪い行為は苦しみをもたらす(善因楽果・悪因苦果)という原理は貫かれるとする。

よい行為と悪い行為の基準とは何か?(そこは宗教により異なるわけですが…)

こうして、業は輪廻の原因とされた。
生まれ変わる次の生は、前の生の行為によって決定されるというのである。
これが業による因果応報の思想である。

業・輪廻の思想は、
現代インドにおいてもなお支配的な観念で、カースト制度の残存と深く関わっている。

参考文献
井狩彌介「輪廻と業」服部正明編