以下社報十三号より抜粋

*生命とは神の分霊(わけみたま)

古来日本においては、人間のような姿をした神像が神ではなく、
山や川、森、滝、雨や雷など至る所に神は存在していました。
(日本の神観「神」は宗教上の人格神ではないです。)

つまり、「世の中の生きとし生けるもの、
自然の織り成す森羅万象すべてを神として称え、崇め祀る」という宗教観をもっていたのです。
(こんな表現をすると神道は汎神教という誤解をよく受けるが…)

自然は人間生活に欠くことのできない水や火、草や木、土の恵みを与えてくれる源であり、
自然により自分達が生かされていることを熟知しており、
自然のルールを乱すことは「生命の危機」につながることを、
古代人達は感覚的に認識していたのでしょう。

また、神社とは、命の糧である豊穣や大漁を祈願し、その恵みに感謝する場所であり、
神からの啓示を受け、神とつながり共に生きていくことを再認識する場所であったのだと思います。

日本の固有な信仰である神道は、神とともにあるから、それを「カムナガラ(惟神)」といい、
神の命を分け与えられて生きているから、
人は「神の子」、生命は神の「ワケミタマ(分霊)」であると考えられた。
(神道神話では、人間とは、神の「生む」存在とされています。)

*神道とガイア仮説

皆さんは、ジェームズ E. ラブロックという学者がとなえた「ガイア仮説」
というものをご存じでしょうか? 

これは、地球を一つの巨大な生き物ではないか、と考えた学説です。

ガイア仮説では、地球の大気、水系、土壌、表層地殻にまたがる生命圏(バイオスフィア)
全体が、一つの巨大な生物のように気温、海洋塩分濃度、
大気ガス組成などを自己調節・維持しているとみなします。

確かに地球が自分自身の環境を維持するエコシステムは、
それ自体が生命活動であるかのように見えます。
ラブロックはギリシャ神話の大地の女神の名にちなんで、
地球に宿る生命を「ガイア(GAIA)」と名付けました。

地球が巨大な生命体とするなら、
我々人間やその他の生き物たちはその中の細胞のようなものでしょう。
人体で言えば、人間全体が一つの生命体であると同時に、
一つ一つの細胞もそれぞれ生きています。

細胞がそれぞれ与えられた役割をきちんと果たしているからこそ私たちは生き続けることが出来、
逆に人間全体が生きているから酸素や栄養が血液を通して全身をめぐり、
個々の細胞も生き続けることが出来ます。
すなわち人間の細胞はそれぞれ生きていながら「人間全体」として一体不可分であると言えます。

同じことが人間とガイア(地球)との間にも言えるのではないでしょうか? 
ガイアが健康であるからこそ、個々の「細胞」である私たち人間も生き続けていくことが出来る… 

しかし、残念ながら現在のガイアはかなりの重病人のようです。
言うまでもなく、私たち人間がガイアの環境を破壊し続けているからです。
私たち人間は、細胞は細胞でも「ガン細胞」になってしまったようなのです。

ガン細胞とは、遺伝子(DNA)の指令を無視してめちゃくちゃに増殖し続ける狂った細胞のことです。
通常は体の免疫機能(アポトーシスなど)が働いて、
そうしたDNAがおかしくなった細胞は早い段階で消されるのですが、ストレスがたまったり、
体力が落ちていたりして免疫機能が低下するとガン細胞の増殖を抑えられなくなり、
ガンが発症します。ガイアを冒している「ガン」はもうかなり危ないところまで
症状が進んでいるのではないでしょいうか。

もし地球(ガイア)が生命体だとすれば、この状態を黙って見ているはずはありません。
人間と同じように、自分の生命を維持するための「免疫機能」
に相当するものが働いてもおかしくないはずです。あるいはそれでも間に合わなければ、
人間が外科手術や放射線療法、抗ガン剤でガンを取り除いてでも治そうとするように、
「ガン細胞」をたたくためにあらゆる手段を尽くしてきてもおかしくないはず。
近年、特に激しくなってきた天変地異、異常気象などがそれなのではないでしょうか?

例えば、スマトラ沖地震ではいっぺんに20万人もの人が亡くなりました。
アメリカでは、広範囲でハリケーンの被害がありました。
人間が地球にとって「ガン細胞」であり続けるなら、
こんなのはほんの序の口かもしれません。

例えばこんな説もあります。地球には地磁気というものがありますが、
ガイアのストレスが上がると地磁気が下がります。
二千年前は約2~4ガウスあった地磁気が百年前は0.459ガウスになり、
現在は0.2から0.3ガウスしかないそうです。

この地磁気が減少すると天災が起きやすくなり、
0.1ガウス以下になると地球の地軸が傾いて(ポールシフト)、
未曾有の大天災がおこると言うのです。

ポールシフトはガイアにとっては「ちょっと寝返りをうった」程度かもしれませんが、
もし本当にそうなったら、
私たちにとってはそれこそスマトラ沖地震も比べものにならないほどの、
地上の生き物の大半が一瞬で死滅してしまってもおかしくないほどの大惨事になるでしょう。

今の方向でいくと10年以内に地磁気は0.1以下になってしまうだろう、とも言われています。
もし本当にこんな世界的大惨事が起きたとして、世界の人口が今の1/10になったとしたら、
あっという間にあらゆる環境問題は解決するでしょうから、
ガイアにとってはめでたしめでたしです。

では、そんな人間にとって最悪なシナリオにならないためには、どうしたらいいか?
幸い私たち人間は自分たちが「ガン細胞」であり続けるか、それとも正常な細胞に戻るか、
自分で選択することができます。  

人間が生き物として本来あるべき姿に戻り、
ガン細胞のようにめちゃくちゃな増殖をすることをやめ、
「地球の細胞」としてのDNAの設計図に随(したが)った、自然な生き方ができれば、
まだ間に合うかもしれません。

環境問題とは、結局「人間の心の問題」ではないでしょうか。
つまり、今の世界は「国益」とか「企業の利益」とか、
自分たちが物質的な意味で損をするか、得をするか、という原理で動いています。
その結果、「地球全体の利益」というのはニの次、三の次にされてしまいますね。

しかし、昨今世界を脅かしている異常気象や天変地異を見れば分るように、
環境破壊によってもたらされる自然の脅威は国境など関係ありません。
「自分たちが属する国や組織を守るためにそれを害する敵と戦う」
という低レヴェルの発想にとらわれているうちは、
行き着く先は地球全体の破滅が待っているだけということなんだと思います。

さしずめ「戦争」なんてのは、人体の例えで言えば、
肝臓と腎臓がお互いを傷つけ合っているようなものでしょうね。
実際は、お互いがかけがえのない、必要不可欠な存在なのに、
戦争をしている当事者にはそのことがわからない…。

ガン細胞が宿主の人間を殺してしまえば、同時に自分自身も死ぬしかないように、
もしガイアが死んでしまえば、
人間のみならず、地球上で生きている全ての生命が死に絶えるでしょう。

そうならないためには、自分だけ、自分たちの国だけ、自分が属する組織だけの利益より、
地球全体の利益を優先する(それが結局最後は自分たちの利益にもなる)、
という観点に立つことが重要でしょう。

すなわち「地球全体が調和しなければ、結局全てが破滅する。
なぜなら、人体とその細胞の関係がそうであるように、
地球上の全ての存在はつながっていて、影響を与え合っていて、一体なのであるから」
ということなのだと思います。

*おわりに

万物は大自然の法則、法理によって生かされています。
人も大自然の中の一員ですから、その秩序の中でこそ、
万物は共に生かされ、繁栄することができるのです。「自然との調和、自然との共生」は、
人、本来の生き方です。

「日本の国民性は人為的法則、
たとえば教義とか、教条とか、学説とか、習慣とかいったものなどよりも、
むしろ宇宙の万有の神に内在する、活きた自然の法則を、
よりいっそう信じ尊ぶ傾向をもっている。」
この見解に大多数の識者の賛同を得られるものと信じます。

現にわれわれの祖先たちが、昔から使い古した用語、たとえば神の道、まことの道、
惟神の大道、天地の大道などというのは、つきつめれば、
この精神を言い表したものに相違なかろうと信じます。
またぜひそう解釈せねばならぬと、私は主張するものです。

その思想はかなり高度なものであり、今日でも通用するものである。
日本神道は、大宇宙の原理を奥深くで弁証法的に捉えており、
人と社会とがその法理法則に合わせて万物との調和を図りながら
処世して行くようその手法と儀式の格式を備えている。

関係者諸人がこれを共々に知り悟り味わうという信仰体系となっている。
日本神道の奥義は、ある意味で今日の科学的諸所見より進んだ知見を控えさせている。

近代及び現代資本主義がもたらしつつある資本の無際限無定見増殖による地球環境汚染、
社会貧富の差、階級対立、人心荒廃、人間疎外現象等々を思うとき、
日本神道の奥義は、はるか昔に近代及び現代資本主義思想の類の限界を見据えており、
故に自然との共生を目指しており、更にその先を行く思想を内包しているのではなかろうか、
ということが逆に見えつつある。

惟神の道とは、天地大自然の理法=宇宙生命生存法則
に随って生きるという解釈もできるでしょうか。

神道的な生き方を重んじた古代人たちは、
「神を祀り、自然を大切にして、人間どうしが信頼しあって助けあう世界がのぞましい」
と考えた、よけいな科学文明に毒されていない、生き方の天才であったのかもしれない。

神道の理想は今も昔も変わらない。すべての人間が明るくすごし、
生きとし生けるものすべてが繁栄すること、産霊(むすび)にある。

そして、この神道の奥義というものは、一人二人の者が重んじて実践する、
というような道ではない。天下の人が、残らず日々の事業(職業・勤め・役割)にかけて、
それぞれの道における道理にしたがって行なわなければいけないのが、即ち神道である。

なんか結局は理想論ばっかりだな~ とも思う。
理想をかかげるのはイイけど実践が伴なっていなければ「絵に描いた餅」です。
具体的な実践篇については、後々更新してみたいと思う。

ガイア仮説についての参考サイトさまはこちら↓
http://hotwired.goo.ne.jp/ecowire/interview/010123/