【宗教と哲学科学の差異】

以下社報一号より抜粋

宗教というものは心を安定させ平静不動のものにする「生活様式」である。

それには一定の型、儀式、祭祀、祭儀があり、

この型を身に附けることによって心を正すものであります。



心は液体のようなもの、型は心を入れる器のようなものであって、

これを形成することを躾という。



躾とは、しつづけることであり、訓練、鍛錬、練習、

日々トレーニングすることであります。

この躾のないところに教育は成り立たない。

躾は教育の基礎土台であります。



人間としての基礎土台のしっかりしていないところに、

むやみに知識を与えると、

キリスト教では「賢き悪魔」になるといい、

仏教でも「餓鬼畜生」になると戒めている。



ここに「宗教と学問哲学科学の違い」があります。



学問は学び覚えればそれで知識となって役立つが、

宗教は覚えるのみではなくこれを身に附け体で覚え一定の型にはめ込む、

つまり神仏に対する態度作法が祭儀で、

神に対する態度をもって人に対する態度が礼儀であり、

礼儀の持続が行儀であってその仕来たりが作法であるというのです。



だからどれ程学問があり地位名誉があっても「宗教的訓練」がなく、

礼儀や作法の心得ぬ人が沢山いると戒めております。



宗教が人間生活の基本的様式である限り、

人知がどれ程すすみ文化が発展しても、

神と宗教の価値と宇宙存在は自然と共に変わることはないのです。