11月25日 金曜日

本日2回目の日記です。NHKの夜の番組で、自殺について扱っていた。

年間の自殺者数が3万人を超える時代です。
全国平均で1日約90人前後である。そして、全国第一位が秋田県ですか…。

その多くが経済苦を理由とする中高年の自殺です。
事業に失敗した一家の大黒柱が、一人で背負い込んでしまうケースが一番多いとのこと。

現代人にとっては、『お金と時間が信用であり、享楽的唯物論だけが心の支えになってしまう。』
のかもしれない。

ところで、原始仏教における四諦(したい)では、
仏陀は「この世は苦である」という真理を説く。

苦の原因は、無常なものに対する執着心であるとも説く。

さらに、仏教の経典、大無量寿経によれば、
物は「有っても無くても苦である」と説く。

そして、覚悟という言葉は、真理を悟るという意味らしいですね。

簡単に仏教の要点だけをまとめてみた。

仏教の場合、人間および人間と関わるこの世界は、
諸条件による関係性によって生起し、成り立っている(縁起)と受け止める。
それ故、一切は無常(生滅変化してとどまることなく移り変わること)であり、
無我(不変の本質を有しないこと)であると説く。

また、縁起説は、私たち人間の迷いの生存、
苦しみの生存は如何にして(何にもとづいて)このように成立しているのであるか、
というその所以を考察して明らかにし、
同時に、その根本の条件を滅することによって、
私たちの迷いの生存、苦しみの生存も滅ぼしうることを教えている。

すなわち、人間の苦しみの生存は、根源的無知(無明)と根源的欲望(渇愛)
にもとづいて対象を捉え、執着したところに存在し成立するものであり、
この根源的無知と欲望の働きが止滅するならば人間の苦しみの生存、
迷いの生存も止滅するというのである。
この根源的欲望が超えられ、根源的無知が破られていくところに、
仏教における修道の意義が認められ、それを成就された方が釈尊(仏陀)である。

しかし、仏教の場合、悟りに到達できない人はとり残されることにもなる。
誰でも仏さんになれるわけではないからね…。

自分は高校3年生の世界史ではじめて仏教を学んだが、
正直言って、涅槃(ねはん)=仏教の最終目標に到達できる人が、
どの程度存在するのだろうかと疑問に思った。

我々のように煩悩だらけの人間が、
悟りの境地に到達するなんて容易ではないからですね。

まあ最初から諦めるのもどうかとは思うのだが…。