吹奏楽コンクール東北大会、本当にお疲れさまでした。
コンクールにおいて今回後輩のみんなが受け取った銅という賞が金賞よりも価値のあるものだと言って賞賛するつもりはありませんし、事実そんなことはありません。
しかし、今回あなたたちが手にした銅賞は、三高吹奏楽部の設立以来50年に渡る歩みの中で、どんな金賞よりも価値があるものであることもまた事実です。

同年代の他の高校に「負けてしまった」という悔しさはもちろんあるでしょうし、それがよくないことだとも決して思いません。
ですが、3年前には地区銅賞だった学校が東北大会まで駒を進める事、東北大会常連の高校が前年と同じように大会で賞をさらう事。どちらが苦しいかはほとんど明らかではないでしょうか。
客観的に見れば「負けてしまった」事実は頑として存在しますが、少なくとも私を含めて三高吹奏楽部のOBや保護者の方々、そして顧問の先生は昨日の結果が示す事実をしっかり理解してくれていると思います。

卒業生のエゴではないかと笑われるかもしれませんが、現役生の成長は私たちの夢です。
夢が現実になる瞬間を見られた私は幸せです。現役生の皆さんに感謝。
タイトル:「原稿依頼がまだ来ないんですけど(仮)」

・前置き
 私は皮肉にも運が良かった。震災で倍率が下がっていなければ今大学に通っている現実などない、そう思うような受かり方をした。
だから、私の勉強法(あるいは時間)は甘いものなのかもしれない。もちろん合っている可能性もあるにはあるのだが。

 なお、後輩の皆々様はきっと「単語をやりました」などの文に使われる「やる」の意味が分からず、具体的でないことに憤慨(「結局何をすりゃいいの!?」)するだろう。
そこも深く掘り下げていきたい次第である。私もそう思っていたから。

・大まかな学習記録
4月:ひたすら英単語。倫理と政経は月末に1周を終えた。
5月:まだまだ英単語。日本史を始めたのはこの頃。古文単語を始めるが全く覚えられず苦戦した。
6月:模試の復習をすると思ったか?全くすることなく未だに英単語、古文単語。
7月:部活が忙しかったので疎かになりがちではあったが、単語の類いは続けた。英語1日1長文を始めた。
8月:2次の国数英に狙いを絞り、夏休みの残りに15時間/1日の勉強を注ぐ。理社は完全に放置した。
9月:単語は一旦終了。数学強化のため勉強時間の2/3を数学に。勉強時間は8時間/1日くらいだった。
10月:引き続き数学を丹念に。このころ理社が不安になり日本史を1周した。
11月:センター試験に狙いを変え、理社の過去問を徹底的に解く。数学と英語の過去問にも時々。
12月:センター国数英にも本腰を入れる。上旬からようやく化学に手をつける。
1月:理社は全て3周目を終えていたが、センター4日前からそれらをもう1周した。自信が無かったから。
2月:苦手な古典に比重を置きつつ記述を淡々と……いけば良かったが、センターで燃え尽き、開始したのは試験2週間前。

 英語と数学を中心として、基本事項を春~夏にかけてマスターし夏頃からは記述で2次力を高め、理社は後から短期集中、一気に追い上げるという基本的なパターンを踏襲。
私の勉強法はよくアウトローだと言われるが、実際のところはセオリー通りに進んでいた。

 ちなみに1番不安だったのはセンター1日目の夜。国語がコケて沈んだのが原因(自己採点はしていなかったが)。

・各教科毎の勉強法
<国語> センター:140(評論50 小説35 古文17 漢文38) 2次:6割強くらい
 古典が壊滅的だったので単語や助動詞の活用まで戻って覚え直した。一時期は単語帳とにらめっこする日々が続いた。
1度見た単語は2度と忘れないという考えは捨て、単語帳の単語全てをさらっと流す。次の周に入って覚えているものをチェック、以降チェックが無いものに関して繰り返すという方法を取った。

 記述力も底辺から徐々につけていく形を取った。簡単な問題集からミドル級にシフトし、9月辺りから過去問を解きだした。
具体的には「試験時間を参考に時間を設定し、過去問を見て問題を解き、解答を見て自分の解釈のズレを把握する」事をした。なお、漢文は参考書1冊を1周しただけで終わった。

 申し訳ないことに現代文は過去問以外着手していない。参考書は1冊買ったが結局ほとんどタッチせずに終わった。

 センター試験国語はやりたくないので放置していたら本番でコケたので後悔している。唯一評論分野がコメントに値する点だったので評論について言うとすれば、「評論はゲームだ」ということに尽きる。
論理的な矛盾を選択肢から判断して消去し、残ったものが正解。慣れるまで時間はかかるが。

 参考書は「古文単語634」「マーク式古文演習」「中堅私大古文演習」「現代文のアクセス 発展編」「漢文(河合塾)」を使った。


<数学> センター:157 (ⅠA88、ⅡB69) 2次:6割くらい
 「文系は数学が出来れば受かる」という格言(?)を信じ、夏~秋のほとんどを数学に費やしてきた。

 センター試験対策としてはひたすら過去問にあたること以外には無いし、あったとしてもその効率はいいとは言えないだろう。試験時間60分のところを50分で解ききるトレーニングを11月半ばからずっと続けた。

 記述力に関しては、授業で配布された問題集の問題を全て解き、それをもう1周。その後、難関大向けの参考書のうち東北大頻出分野、すなわち確率、微積、ベクトルだけを1問18分と決めて繰り返し解いた。
「一応全分野を網羅し、出るとこだけは完璧なレベルにもっていく」という方法。8月~10月の行程。

 時期が前後するが、春は基礎固めのために分厚い基本の参考書を用い、理解が不十分な分野の解説を熟読し、当該問題を解いてみる、の繰り返しだった。
私の場合は数列が苦手だったのでΣの計算方法まで帰ってやり直していた。

 受験勉強を始めるくらいの時期に数学の過去問をパラパラと見てみると、確実に「こんな問題、2月の自分に解ける訳が無い!」と思うだろう。私もそうだった。
それは問題のパターンが自分の中に定着していないためそう思い込んでいるだけだったりする。

 「パターンって何さ?」

 数学の問題は必ず高校の指導要領を超えない域で作成される。問題の材料(=出題分野)は制限されているということ。大学側がいかに珍奇な問題を作りたいと思っても、高校で学ぶことの枠を超えた出題は出来ない。
だから過去問演習を繰り返すと「あ、この問題は解いた事ある問題に似てるな」という感覚に出会うようになる。探せば似通った問題は必ずある。それが「パターン」。

 数学の実力はほぼこのパターン掌握が全てだと思う。問題集はそれらを広くカバーしてくれているので、1冊を完璧にすればそれだけでも幅広い柔軟な対応が可能になる。
今は解けないという感覚は正しくても、正しく理解が進めば2月に解けないという事はない。もっと言えば、満点を取る=合格ではないから、完璧に理解できなくても落ち込む必要すらない。
8月のオープンで50/200だった私の数学はパターンを覚える事で11月には141/200にまで成長した。
2次試験の合格平均点は基本的に6割取れば受かるとされている。大丈夫、私も4割は分かってない。
(補足:京都大学の数学など一部では要領を外したぶっ飛んだ問題が出題される事もある)

 
 参考書は「ニューグローバル」「文系数学のためのプラチカ」「本質の研究 数学ⅠA・ⅡB」を使った。

<英語> センター:177(筆記191、リスニング30) 2次:5割半くらい
 上述通り勉強開始から半年近くは継続して単語を覚える事に尽くした。文法は夏休み前にネクステを5日で一気に済ませて後は放置していた気がする。

 センター試験では長文の配点が高いうえ、発音・アクセントや文法が「分からないやつには分からない」問題であるため、必然的に前半(発音など)を運試しとして割り切り、長文を絶対落とさないという姿勢を取る事になる。
2年生1月当時の私はセンターチャレンジで英語が98/200くらい(記憶が曖昧)でなんともひどい成績だった。長文の点数が全く取れない。時間が足りない。原因はそれらふたつだった。
時間が足りないのは経験でカバーするしかない。たくさんの長文に当たればそれだけ速読は身に付く。だが、そもそも時間をかけても長文が読めなかった私は先に単語を習得した。

 結果から言えば8月の模試で178点を取り、私の英語は飛躍的に伸びた。長文を読めなかった原因は単語。単語を覚えずに長文に当たるのはとてつもなく無謀な行為だと分かった。
単語帳は自分がしっくりくれば何でもいいと思う。定着するまで繰り返す事が大事なのであって、ブランドは重要ではない。私はセンターまでに4周した。

 記述。対策を取り始めたのは8月半ばだった。長文読解の過去問は700~800単語程度の問題で、当時の私には当然ながら重すぎて解けない。学校の問題集が300単語ほどで構成される文章の集まりだったので、まずそれを全て解いた。
その後、長文のネタが尽きないように参考書を買い、500語、700語、1000語と文章を長くしていき、大問1つを30分で解けるようなスピードと忍耐力を養った。なお、1000語は挫折したので参考書が未完。

 英作文は情けないことにほとんどやらなかった。担当の先生から1度添削を受けただけで本番に臨んでしまった。試験は昨年までの形式から一変し、英作文が2/3はあろうかという量が出題された。
長文を解き終えてページをめくった時に私は浪人を覚悟せざるを得なかった。でも受かったから案外何とかなる。諦めないで手を動かすのが一番重要だと思う。

 なお、センターリスニングは3日漬けという馬鹿の極みをやってのけてしまい、案の定点数もひどかったので何を言ってもアドバイスにはなれないと思う。早めに手をつけたほうがいい。以上。

 参考書は「DUO3.0」「Next Stage」「やっておきたい英語長文500、700、1000(未達成)」を使った。


<日本史> センター:88
 教科書を買ったのが4月末。他の文系と比較してかなり遅いスタートとなった。当然ながら最初の模試は惨憺たる結果に。

 センターでしか使わない教科だったので、記憶も定着しない早いうちに過去問を購入して解いていた。センター日本史の問題はミスリードを執拗に誘う「やらしい」問題なので、慣れておく必要があった。
乱の勝敗を入れ替えたり、出身を変えてあったり、とにかくあの手この手で私たちを惑わそうとしてくる。曖昧な記憶では困惑してしまう。実際した。

 逆に、丁寧に覚える事が出来ればそれらの選択肢はすぐ切れる。教科書の精読で十分対応できた。ただし、私は4周してようやく定着したため、それくらいの時間と忍耐力は必要だと思う。
時間の無駄に思えたのでノートの類は一切用いなかった。書く代わりに何回も読んだ。年号よりは起承転結を意識して、5W1Hの流れを覚えた方が点数は伸びそう。

 過去問の解き方は時代毎。年毎ではなく、ある時代をまとめて解くと定着が早い。
特に記憶しやすいテクニックは使っていない。読んだだけで日本史は終わった。遅いスタートであれ焦って基本を外してはダメだということだと思う。これで追いつけたんだから。


<倫理、政治・経済> センター:96(倫理分野46、政経分野50)
 倫理は地震直後する事がなく暇を持て余していたときに4日で教科書を1周したところから始まった。内容が少ないので回数をこなすのは楽だった。
日本史と同じくテクニックは使わなかった。読み、読み、読み……一貫して読み。並行して過去問に手早く当たり、問題形式を頭に定着させる。私は1年分を30分で解く事にしていた。
ちなみに、倫理も日本史同様分野毎に解いてみたりもした。それなりの効果はあったように思う。
(余談。日本史、世界史、倫理、政経、現社は30分もかけずに解く事はできるが、資料の読み解きが必要な地理だけは時間をかける必要があると思うし、かかると思う)

 倫理に登場する人物の思想の違いは曖昧だったり些細だったりして判断に戸惑うが、実際の問題の選択肢で間違っているものは明確に正解とズレている。他人の思想がそのまま誤りの選択肢になったりする。
言い換えれば消去法が効きやすい。私は本番で名前しか知らなかったフッサールの思想を問われたが、間違いの選択肢全てが既知の思想家のものだったため、それらを除外して正解できた。

 政経の開始は結構早い。全教科中最速だったと思う。2年生の1月にセンター対策の参考書を買い、ひたすら読んでいた(当然ながら読む以外何もしなかった)。
政経は個人的にとても興味がある分野だったので覚える分には苦労しなかった。

 日本史や倫理同様間違いの選択肢はすぐ切れる。内容がそれらより現実に近いため、なおさら違う選択肢は分かりやすいし、常識の範囲で正解できる事も多い。
なお、時事問題は全くと言っていいほどチェックしなかった。「オバマがプラハで演説した」問題は出たが、知っていたので問題は無かった。

 社会科目は(地理以外)暗記が肝要なため日頃からじっくりやらなければ身に付かないような気もするが、短期で一気に記憶し、それを繰り返す方が能率がいいように感じた。
社会科目だけが入試科目なら毎日じっくりでもいいけれど、国数英に時間を割く以上、うまく時間を使うしかない。11月からの追い上げは効く。間違いなく効いた。

 参考書は「政治・経済の点数が面白いほど取れる本」を使った。


<化学> センター:88
 政経が最速ならこちらは真逆。本格的に手を付けたのは12月上旬。4日だったか5日のセンタープレテスト51点から飛躍的な進化を遂げられた。
例によって教科書の読み込みを繰り返した。12月までで1周はしていたが、点数はご覧の有様だったため、そこから3周。2周した後、直前にもう1周だ。
とはいえ12月まで化学を放置したのは怠慢ではない。国数英の習得に時間を注ぐべく、理社を後回しにしていたという理由があり、社会は暗記に時間がかかるので必然的に化学が残った。
点数を比較すれば分かるだろうが、化学は1月で本当に伸びた。理論、無機、有機の分野毎にまとめて過去問を解くとはかどる。

 化学は基礎的な内容が頭に入っていれば問題自体は簡単なものが多い。それが頭の中に無いうちは問題が恐ろしく難しく感じたが、習得していくうちに簡単になっていく様は快感だった。
基礎を頭に入れて明らかな間違いを消す。理社はこれで突破できると思う。


・雑感

 得意教科:現代文評論、数学、政経
 苦手教科:

 判定との話。昨年4月、1年で東北大に行けるのか?と疑った。3年生初めての模試は見事にE判定だった。
同級生や後輩は私を高く評価していたが、E判定。私は天才ではない。「先輩は頭がいいから行けたんですよー」という声を聞かされるが、成績はそうではない。私は明らかに凡人だった。
自分の成績が上がらないのを才能の無さのせいにしているうちは成果が出ないと思う。「私は受かる」と開き直った方が精神的にも楽だし。
 
 授業の話。私は基本的に内職で成績を伸ばしてきた。それで一応こうして大学に合格しているので、「内職は時間の無駄」という格言は誤りだと考えている。
ただし好き好んで内職に走ったかというとそんなことはなく、文転して受験教科と授業教科に食い違いが生じたという事情がある。授業が完全に無意味だった故の措置。
恐らく内職するよりは授業を受けた方が成績は伸びると思われる。知らない事を自分ひとりで学ぶのはエネルギーが要る。

 提出物と勉強法の話。私は全く提出物を出さなかった。私にとって課題は「私の成績を上げてくれるもの」ではなく「同級生全員に対する無難な問題」としか認識できなかった。
私の得意と苦手を最も良く認知できているのは私自身だと思っていた(是非はさておき)ので、効率よく苦手を潰す手段としては、課題は無難すぎて手間がかかるものに思えた。
効率的な勉強方法はひとりひとり違うので、先生方から与えられた課題のみが合格への王道だと思わない方がいい。効率のいい方法は他にいくらでもある。
私の知る限り、私より上位の大学に合格した友人は皆それぞれが独特な勉強のスタイルを確立させていたし、私もそうだったという自負がある。
苦手な所を重点的、局所的に消していけば自分だけのスタイルは確立する……と思う。進研ゼミによくある「キミだけのニガテ対策」を自分でこしらえれば勝ち。

 点数の話。もちろん高ければ高いほどいいが、合格者平均点まで届かなくても諦めてはいけない。
平均点ということは大体真ん中なんだから(もちろん実際に真ん中とは限らないが)、それより低い点数で合格した人はかなりいる。
合格者最低点を取れれば受かる。そのスタンスで行けば気負いすることもなくなってくる。実際私の点数はそんなに高くない。センターリサーチではぴったりボーダーだった。
平均点は雲の上でも最低点を超える事は夢ではなかったりする。

・終わりに
 受験勉強は本当につまらないと思うので、来年度に持ち越すと非常にやるせなくなると思われる。
浪人した人は「浪人はいい経験だった」と言う事も多いが、だからといってあえて浪人する必要もないので現役のまま大学生活に突入した方が色々得だと思う。
浪人は伸びないという言葉が真実かどうかは知らないが、現役はぐんぐん伸びるので、「これから」を早めに見切って志望校を落とすのは得策ではない。

 人脈は大事。競い合えたり、自分を高めてくれたりする友人が隣にいるだけで世界は変わる。

 後輩のこれからの1年が良い実りを結ぶきっかけになる事を願って。


ひとまずここまで。何か思い出したら追記するかも。

 

 
今更高1の時の読書感想文を文字に起こしてみたり。
(※)までは奇数行頭の、(※)以降は全ての行頭のひらがなが消える。つまり、それ以降出現しなくなる。
(例えば、本文は「音が消えていく」から始まるので、「お」「を」はそれ以降出現しない)

「残像に口紅を」を読んで

音が消えていく。同時に、それを含むあら
ゆる物が消失する。「あ」が消えると、「あ
なた」が消えてしまう。小説家としては四面
楚歌である誓約を課して書かれた小説、それ
が「残像に口紅を」だ。

世界から「あ」を消した所で始まるこの小
説は、作家の佐治と評論家の津田得治の会話
によって字の消失を定義される。これは主役
津田と佐治の二人に書かれた作品(という前
提)であるわけだ。佐治は作中の文字の消散
をメタフィクション、と呼ぶ。しかし、この
作中作、というよりも卵と鶏のパラドクス的
である一面も、またメタと言えるだろう。

「あ」、「ば」と字は消え、「ぬ」の消え
る時、佐治の娘の一人、絹子は現世から消散
してしまう。自らの作品、フィクション、虚
構の内だから平気だと佐治は言い聞かそうと
した。しかし、悲劇の念に駆られ、娘の代わ
りに懺悔の感情、止まぬのはそれだけだ。三
人居た娘は全員消え、更には嫁までも消散し、
佐治は自らのフィクションはメタ、と再び自
覚した。もはやフィクションにはあらず。メ
タフィクション、今は現世、と。「残像」の
主題は「言語への愛」。しかし、彼の愛は言
語には向けられず、だ。

我々は普遍の字へと向く愛は知覚可能か。
それはほとんど不可だろう。我々の愛は普段、
字と誘拐状況の「もの自身」へと向く故に。
我らはもの自身への愛は知覚可能。しかし、
字へは、だと首は上下に振らんや。不可、と
導く終焉。字への愛、知覚付加。同様に。

書けぬ字の増加に関して、著者は苦労の渦
中だ。人間らしいNGもいくばくか有し、苦
労のあとはNGの足跡に読めよう。しかし、
ピンポイントに示しても、賞金はあらず、残
念だ。主役は出すと言うも、他の人の早抜け。
プライドに傷は開かず、平気。無問題だ。

主題に転換の強要。書き手ははて、自身は
文字への愛、自覚可能だろうか。書き手だし、
可能と言えようか。字は収入源。極論言えば
ページは収入、自身だ。金だ。重要度は人以
上に深く擁していよう。字、駄目と言えば心
配だろう。僕は版権とかはあらず、故に書き
手の脳は解釈不可。故に終焉は不可思議。進
歩は望めず。無念。帰納としては、僕は字の
遊戯は好きだから、彼同様にして好きと判断
不可とは言えず。解釈は、可。寧ろ僕よか。
と、思案し脳巡回す。すれば一息の後に、
ほう、と。書き手故に、の主題か。彼だけ、
字への愛の主題は主題と化すのだ。と気付き、
礼拝す。彼は凡人と比較すれば凡人は敗北か。
彼に比較、凡人の脳は凡。感激、アゲイン。

随順して、主役は消ゆ字に惑う。有無は言
えぬ。当然だ。字、経れば、透明の水滴に似
て揺れ浮くのああ愛しきよ。

世に字の大分消え行くけれど、氏は書くは
まだ止めぬのだ。非情?いや、非常によし。
字の減れば、読者、凡人の僕、嬉々として、
(※)全部、読めよう。読めぬは無粋ぞ。ははは。

微弱に軌道変え。主役、字の減れば、酷く
病み、然ればあはれと解く。彼の窮す様は、
げに異常。打開の術抱えぬ彼、しかし字は、
どんどん廃化。悲哀の意抱かぬ氏、主役に、
奉行のように消す。ああ、苦心の彼。しかし
冒険は持続。字は半数以下というのに。辞す
べき思案に帰属は阻かろうとす。インクは切
れぬ。執念はとうとう火事場か。よろよろ終
焉に寄ろうと、執念は火事場。案の定、字の
切ろうという意思は破片だに抱かぬ。残字、
十だに抱えぬというのに。氏の脳、予の脳の
倍はあろうか。予の脳は無駄だけか。脳は、
無駄だけか。氏の粋は読めぬ意志に。

解くは容易。しかし書くは容易か。残念、
否認だ。「音は逝く」、うん、把握は、可。
「音は逝く」、書けようか。いざしようぞ、
愚、予は感す。逝くのは、ゆゆしいんだし。
座して知ろう、逝くのは書けぬよ。ははは。
消し行くは苦。葉の枯ろう様は主役の死す様。
存命は書くには意志滅入ろう。駄目だ駄目だ。
案の死す。脳はくよくよ、意志は死によう。

読めぬは如何か。死だ。メインは召す。死
ぬのだ。「ん」の句、露し、召すのだ。締め
は、「ん」だ。ん。締めにいい。氏の粋だ。
変か。しかし、過労の粋、快感だ。氏の有す
論の集団だ。ん。いい、くすくす、油断か。
愉快だ。感す。召すメイン、死、意図か。呑
めん。氏、意図隠すの解、呑んだ。

有為に行く。死に行くか、氏。書くのに。
男子か。視界、野に。野の視界に化す。化す
野に死に行く氏書く詩に信すかい。心身か。

疑し威嚇す子、獅子か。死す感、感す悔い。
苦心し書かん氏、子解任す。解任に子、如何
に死すか。垂下し死す子。弛緩開始、視界冠
水。死か。威信か、信か。意志、感化。氏、
思惟か、遺憾か、快感か。看過か、いかん。
殷鑑か。果敢か、感化か。棺か冠か。

完。

ん。
ツイッターより抜粋。



袴の女性陣はそれはそれは素敵な姿だった。和服は正義。美しすぎて辛い。

袴という概念によって自我が崩壊した。袴はなぜ今袴たりえるのか、私はなぜ袴ではないのか。いっそ一個体でなく袴であればよかったのに。私にはあの美しさを擁する術はないことを痛感した。

女に和服を付加させて出来るのが美の極みであるなら、私に許されるのはそれを眺めることのみであり、その極地に全く同化する事は決して出来ない。私があの美しさを体現することは永劫禁じられている。届く理由は一切ない。

いかなる芸術作品も今日見た姿には劣ってしまう。「生きた」「乙女」の「和服」姿が眼前に存在する。「乙女」たりえぬ私に自らの限界を悟らせるには十分すぎた。理解した。何があろうと、私は、あの最上の美しさに触れないまま死ぬ。

美の極地に直に触れるのは生きる上での至上の喜びである。それは当然人様々に異なるが私のそれは私には成し得ない。生の芸術的側面から見た私は今日死んだも同然だ。これから私が織りなす作品はすべて和服の女性陣の劣化でしかない。極地を見知った後の半端物に価値などない。