流行の家族葬を横浜で

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このところ すんごい 発見が続き くたくたです(笑)
それって「あたりまえ」といえば あたりまえ なんでしょうが どうしてか 一般社会じゃ あべこべなことだらけで不思議。

例えば そのひとつ「無農薬で無肥料だと 野菜はできない」
という どこに根拠があったのか 不明な 一般常識なるものが  趣味ファーマーな父による 近所空き地@不耕起農法で 見事に 覆された事!!!

しかも キュウリなど きちんと 毎日しっかり見守って 地面に這わなきゃ「まっすぐ」「ぴかぴか」無傷で しかもすでに30本は出来ているでは あ?りませんか?。
大玉トマトだって 然りですよん。

それに対して これまでの 常識? なんてのは どこに根拠があったんですかね? 今回ばかりは あきれかえって 言葉を失ってしまいました。

そう思うと その思いこみの範疇で 無農薬有機でやったりしてみたけど いまいち 元気のない ひねくれてひんまがったりして 傷だらけの 野菜も 理由は 高カロリーで質の低いエサだけ沢山あたえておきゃできると 見守り愛が絶対的に足りてなかった 事に根本的な 原因があったということで 恥ずかしや? 私は人生全般において そういうことだっっつうこと。

ようするに 自分や家族で見守れる範疇の適切な量の物事を きちんと 日々見守ってりゃ 何でも間違いなく立派に育つということ。

野菜のみならず 高齢者だって 身内の複数の経験から それだと 介護いらない以上に ますます元気になる事も判明しとるわけで。これを応用すれば(自分の子供も孫もいませんが、それだけに いまだ子供の感性をしっかり維持する当方の目線でみると どうして昨今の子供達がおかしくなってるかの 理由がよめてるだけに)子供達の発育も然り。だとすると 青少年の健全な育成 そして 中高年の健全なる精神をも育み 先々には 現在最も困った 核廃棄物のような 超意固地および痴呆老人になる事なんて 簡単には ありえないのだと。そういった酷い事態に至には 必ずや経緯があるんで。。。

この 不耕起農法で とことん近所の方々に 見守られて 見事に育った ぴちぴちの野菜たちから 教わったのでした。
と同時に、その畑に育たないものは この土地に合わない そして 私達に 今それを育てる能力がないだけであって 無理をせず 例えば今年 コットンを育てるのは あきらめました。(何度まき直しても 全部 芽が何者かに食べられて消えてしまうので)

「見守り愛」こそ 全てを育む「滋養」というのが ここ25年ほどの家族揃っての取り組みからの 答えでした。その方法は 母方爺さんから 既に教わってましたが 仏教的説法の範疇で諭されてるとばかり で ぜんぜん 実生活に繋がらないまま 半世紀近く過ぎ。。。

全てに感謝。

しかしながら わかっているのに いまだ 何も実践しようともせず「逃げ続けて 他者のせいにし続けて さらなる命に有害な無駄を生み出し続けようとする」といった 悪意ないにしろ 学ぼうともしない 「無明」な 考え方とは 今ここで きっぱり決別です。
もう二度と過去の愚行は 繰り返したくないから!

過去の全ての経験に「ありがとう」「さようなら」
そして 「あたたかい見守り愛」という 新しい時代の 光輝あるものごと全てに 改めまして 今後とも 何卒 宜しくお願い申し上げます。

※写真左は 裏の空き地で 無農薬無肥料 不耕起ガーデニングで素人ファーマー父と母とご近所さんが しっかり見守り愛ってまっすぐ見事に沢山実った キュウリそして大玉トマトで、写真左の曲がったり 半分しかまともに育ってなかったりした ひねくれキュウリは 父母のみ週1回短時間の面会にしかいかない ほぼ全域有機無農薬で虫や獣のパラダイスにて 天敵多く 野菜には荒行の地 山にある 市民農園でうちだけ不耕起区画のもの これが 自然の恵みかと 思いきや? ごめんよ?! 長年の勘違い甚だしく 心よりお詫び申し上げます。そして この「見守り」の大切さについての セオリーを 教えてくださった 朝倉で伯母がお世話になりました クリニックの 看護士さんに 心より感謝を捧げます。