前回はまるたけえびすの通りを覚える数え歌を書きましたが、手毬唄とかお手玉唄の遊びと共に今ではあまり歌われなくなった数え歌について

◯数え歌といえば、日本巡りの
 一番はじめは一の宮 二は日光東照宮 三は讃岐の金比羅さん…が思いつきますが(数字の1は、な~に?工場のえんと~つ・・・と言っている世代も、もう古いらしい) 

◯第二次大戦に負けても、1950年代ごろまで歌われた唄といえば… (当時のおばあさんたちが子供の時分に流行ったのかなぁ…)。
 一列談判破裂して、日露戦争始まった 
 さっさと逃げるはロシヤの兵、死んでも尽すは日本の兵
 五万の兵を引き連れて、六人残して皆殺し 
 七月十日の戦いに、哈爾浜(ハルビン)迄も攻め破り
 クロパトキンの首を取り、東郷元帥万々歳


◯赤子の頃より祖父や父のオッペケペーを見てきた私には民権かぞえ歌の方が面白いし、今の日本と世界情勢に置き換えてみても、全くもって新しい。経済は発展したが政治は更に衰退した?民権は?真の自由は?
 一ツトセー 
 人の上には人ぞなき 権利にかわりがないからは コノ人じゃもの
 二ツトセー 
 二ツとない我が命  すてしも自由のためならば  コノいとやせぬ
 三ツトセー 
 民権自由の世の中に まだ目のさめない人がある コノあわれさよ
 四ツトセー 
 世の開けゆくそのはやさ親が子供におしえられ   コノかなしさよ
 五ツトセー 
 五つにわれし五大州中にも 亜細亜は半開化    コノかなしさよ
 六ツトセー 
 背おもえば亜米利加の 孤立なしたるむしろ旗   コノいさましや
 七ツトセー 
 何故おまえがかしこくて私等なんどは馬鹿である  コノわかりやせね
 八ツトセー 
 刃で人を殺すより 政治で殺すがにくらしい      コノ罪じゃぞえ
 九ツトセー 
 ここらでもう目をさまさねば、朝寝はその身の為でないコノ起きさんせ
 十ットセー 
 虎の威をかる狐らは しっぽのみえるを知らないが コノ畜生め


作詞の植木枝盛は土佐生まれで、36歳の若さで病没した。独学で自由民権理論を確立して国会開設を要求し、民権理論の普及と運動の発展に生涯を賭けた。彼が24歳の時起草した220条からなる「東洋大日本國國憲按」(1881年)は最も民主的と言われる(若き指導者が出難い現代社会を憂うと共に、無駄に人生を生きてきた自分を嘆く...)。