よく24日発売と間違えますが💦
26日本日発売の秋田書店エレガンスイブ6月号に
「ゆるく歩く魔法」
載ってますよーーー。

漫画家心屋カウンセラー
野崎ふみこです。


昨日ね。
両親のお墓まいりに京都に行った足で
大阪の視覚情報センターさんに行きました。

2月に眼鏡組合さん主催で
顔ヨガ心理学とYURUKUバランスの
講演をしてたんですが
その大阪での講演にいらしてた
眼鏡士・ビジョントレーナーの
田村知則さんに会うためです。

田村さんは
有名なスポーツビジョントレーナーであり、
ICHIROや錦織圭選手、有名アスリート
ひとりひとり目の動きの癖を見て
視力に頼らない、一番パフォーマンスの上がる
目の使い方を指導されています。


目は視力だけじゃない。
両目を駆使してカラダ心総動員で見てるの。

ICHIROは視力そんなによくないんだって。
びっくりだ。知らなかった。




わたしは20代で
黄斑変性という病気を発症しました。

右目は視力が出なくなり
左目にも出かかったとこで
仕事を休み(強制終了だー)
そのタイミングで
第一子妊娠出産があり
車の運転も止めたことで
進行が止まり
左目に頼る生活のまま
今に至ります。

原因は調べに調べたけど分からず。



それが、昨日はっきり解りました。



気がついたら絵を描いていたわたし。

軽い斜視でもあったので
描くとき無意識にごく当たり前に
ものすごい目に神経集中をしていたのです。
たぶん、歯も食いしばってね。

あまりに当たり前にやってたことなので
肩こりもフツーすぎて自覚もないまま
バレーボールに青春を燃やし
高校で近視が進み
眼鏡人生が始まり
ますます
無自覚にピント合わせに力むことになり

22歳で
眼鏡で矯正された目で
漫画を描く人生にも突入
数年後に
黄斑変性になりました。


描くために夢中で
ぎゅうぎゅうと眼球の外眼筋を使ったことで
眼球が引っ張られ緊張し
網膜の一番大事なところが破けたの。
右目だったのは右目が効き目だったから。


そしてですよ。
そこで両目でものを見る
ピントを合わせる負担を自ら
手放したの。
無意識でですけどね。


だからわたしそのまま何十年も
漫画を描けてるんです。


片目で描けるの?
って言われるんだけど
描けるんだこれが。


右目も見えてないのは中心だけなので
ちゃんと使っているんだって。


すごくね?
目って。カラダって。


わたしがヨガだ
心理学だ
YURUKUだ
原始反射だ
お股ケアだと

カラダを緩めることに
貪欲なのも


無意識に力むカラダからの
SOSだったのだ。

SOS
助けて。
わたしをもっと大事にして。


それを知って泣いた。
カラダに感謝。
わたしのカラダ愛おしすぎる。




で、そこまでしてですよ。
わたしはなんで描き続けるんだろう。

スピ的に言っちゃえば
使命なんでしょうか。
お役目。


そう思うと
新連載の心屋漫画も

連載中のYURUKU漫画も
使命としか思えません。


ビジョントレーナー田村さんに
わたしの見方の癖に合わせた
楽に見える
仕事用眼鏡
普段用眼鏡
サングラス
作っていただくことに。


さー
これで一流アスリートのように
さらなるパフォーマンスが上がる
眼鏡で漫画描くぞーーーー💖


進化に年齢は関係ない。

この時期に、使命を知るのも偶然じゃない。、
わたしは仲間を得て
パワーアップがハンパないの。
みんなのパワーアップにもびっくりしっぱなし。


本当にびっくりするようなイベントします。
一緒に人生遊ばない?
2000人集めたい。
言ってもた!