僕たちは世界を変えることができない | misashyのブログ

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僕たちは世界を変えることができない。
葉田甲太



僕たちは世界を変えることができない。But, we wanna build a school .../葉田 甲太

¥500
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この本は映画化が決まる前(多分…笑)からずーっと読みたくて読めてなかった本です。
文庫化したのを見つけて漸く手元に…^^;

本が買えるのって幸せですね♡
Job Tryoutで運よく優勝して3万円分の図書カードを手に入れた「にわかリッチ」な私。
こんな状態で本屋に行くと平常時以上にワクワクしますね♫笑
買いすぎ注意w


そんなこんなで変えた本ですが、、
生田から新宿(につく前の豪徳寺らへん)までの間で読めました。
写真も多く、内容も軽かったのでとてもすんなりと読了。

軽いんだけど、ちょっとチャラいんだけど、
内容は恰好いい。
恰好付けてないのが、またいい。
そんな本でした。


カンボジアに学校を建てるまでの奮闘記って言ったらよいのか。
自伝って言ったらよいのか。

あっという間に読んでしまったのであまり付箋もつかず。。。
いいな。
そんな感じでした。


そんな本の一部。
「スマトラ沖地震が起きたとき、F1レーサーのミハエル・シューマッハが被災地に10億円の寄付をしていた。
その時、僕はボランティアで現地へ行き、ひたすら蚊帳を配っていた。僕はシューマッハより汗を流した。それでもシューマッハは僕の何百万倍も人を救っていた。
人を救うということは、自らが力を持つということなのだろうか。人を救うということは、自らを磨くということなのだろうか。だとすれば、今僕がやるべきことは、今すぐ日本に戻って大学で勉強することなのだろうか。

…分かりません。笑
いや。笑えません。考えねば。
1.影響力の大きさ
金額が大きければ大きいほど、救える。
じゃあODAは何だろう?役に立ってないって問題になっている国単位の大きな援助は?
…ワカンナイ。
2.気持ちの大きさ
被災地のことを想っていれば想っているほど、救える。
とにかく測定不可能。自己満足と隣り合わせな気もする。
…ワカンナイ。

いや、でも行動するっていうレベルでは同じ。
まずはそこがあってこそ。違うかな?

私もWorld Vision Japanを通してたまに募金してるけど(現在月会員ではない)、
出来る範囲がある、って限度を自分で作るのも良くないけど、出来ることやってる。
と、信じてる。

ただ、この本にはこんなフレーズもありました。
「困っている人にお金をあげるものひとつの方法だと思う。
でも、一番大事なことは、カンボジアの人たちが自分たちの手でカンボジアという国を良くしたいと想い、良くしていこうと努力することだ」
その通りですね。
でも今の私には出来ない(≒心の底ではする気がない)んです…
実際に行くことも感じることも出来ない。
けど一つだけ。
どうしても「良く」という定義が先進国的に見えてしまう。
読み過ぎかもしれないけれども。
YAPに行って、伝統の中で逞しく幸せに生きている村人の皆を見ていると、どうしても「良い」ということについて考えてしまう。
学校がないことが良いのか悪いのかなんて、学校があることが普通な側からしか見れない人が言っちゃいけないことな気がする。
…はい、偏屈は黙ります。←


では最後に。
この本の中ではマザー・テレサの詩が紹介されています。
長いですがご覧ください。

【あなたの中の最良のものを】
人は不合理、非論理、利己的です。
気にすることなく、人を愛しなさい。

あなたが善を行うと、
利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
気にすることなく、善を行いなさい。

目的を達しようとするとき、
邪魔立てする人に出会うでしょう。
気にすることなく、やり遂げなさい。

善い行いをしても、
おそらく次の日には忘れられるでしょう
気にすることなくし善を行い続けなさい。

あなたの正直さと誠実さとが、
あなたを傷つけるでしょう
気にすることなく正直で誠実であり続けないさい。

助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。
気にすることなく助け続けなさい。

あなたの中の最良のものを世に与え続けなさい。
けり返されるかもしれません。
気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。



ではおやすみなさい^^/