お盆前に脳疾患で倒れて亡くなった親友を偲んで、共通の友人とカフェでお互い保存してる写真をダウンロードし合ってアルバムを作成した。
50年近い付き合いの中で途切れることなく続いた友人関係のおかげで、色んな年代の故人となった親友の写真を保存してアルバムを作成することができた。
納骨が終わったらお墓参りに行きたい旨を親族の方に伝えて許可を頂いたので、気持ちが落ち着いたら仲間内に声をかけて集まろうと話し合った。
ご家族に見送られてこの世を後にしたことだけが私の心の救いになる。
脳ドックの受診について色々と聞かれたおととしのことや、親の介護でストレスが溜まると何度も電話があった時のことを思い出して、もっと力になれたかもしれないと後悔がつのる。
きっと本人は自覚症状があったに違いない。
共通の友人はコロナ明けの飲み会以降連絡すら取ってなかったから、電話くらいかけて近況を聞けば良かったと後悔の念を口にする。
お互いに親友を偲びながら、長い時間を過ごした。
もう二度と会えないという事実は、いつかまたねという日常を過ごすことへの教訓となった。
声を聞きたい人には電話をかけて、会いたい人には会いに行くという簡単なことを実行していこうと思う。
もう若くないのにいつまでも寿命があると信じて行動するのはやめにしよう。
親友がこの世を旅立つ日に何も知らずにお気楽に過ごしていた予定を思い出して、アルバムを見ながら心の中でゴメンと呟いた。