あとがき

今の世相は昭和初期のころに似ていると聞く。関東大震災のころはやった歌のひとつに「ああわからない」がある。それは次のような歌詞です。

 

  ああわからない、わからない

今の世の中わからない

経済組織がわからない

一寸先、闇夜じゃわからない

増える強盗、人殺し

心中に、乞食に、発狂者

どこまで増えるかわからない

遊んでお金の増える人

稼いでも、稼いでも食えぬ人

なにがなんだかわからない

何を目当てに人間は

生きているのかわからない

生存競争もわからない

 

昭和七年十二月二十三日発行『遠友魂』の巻頭言に高杉成道氏は次のように書いておられます。

「世の人々が行く處の知らざる深刻な不景気の為に全く失望の真正中にある今日、力と暴力と金とが尊敬されるようになってきた。凡のものゝ価値が疑われる時代となってきた。 

我等は生きるべき道を失ったのだろうか?世の中はどうであれ、今尚小さいながら正義と愛と希望の燃ゆるが如き若人の魂の叫びを叫ぶ遠友の殿堂を見る時に力強く私は『未だ世に正義と愛と希望とは失われていない。吾等の団結を見よや』と絶叫せざるを得ないのである(後略)」

現在と似ているでしょう。

日本史教科書では、まとめると、「日本は第一次大戦後の戦後恐慌から震災恐慌、金融恐慌、農村恐慌に入り昭和六年の満州事変からいわゆる十五年戦争へと進んでいきました」

今年も自殺者三万人を越え十二年連続です。昭和初期と同じく「大学は出たけれど」就職できない人は多くいます。貧困ビジネスが横行しています。弱い人が詐欺にかかっています。

政治や社会に責任をかぶせるのはいやですが政治の無策は困ったものです。歴史は繰り返すとよく言われますが、庶民だけが苦しんでいる社会です。沈没日本丸とよく言われます。

世相は似ているけれど進む先は戦争ではない。少子高齢化の道でしょう。

日本を救うものは何か。私は学校でないかと思います。もちろん今までの学校という考えでありません。これについては今回はこれ以上述べません。

平成二十年からは日本の人口は減少していくとテレビで報じています。今年で私は高校教師生活五十年を迎えています。よく続いたものです。高校教師として毎日が忙しく一年一年、あわただしく過ごしてきています。仕事をおろそかにしてはこの研究はしたくないという主義で、つい遅れてしまい、退職後も仕事を続けたので、仕事中心の生活の中でほんの少しの時間の積み重ねでここまでやってこれました。平成七年から平成二十二年ですので十六年かかってしまった。長かったと思います。

 ワープロに打ち込んできましたが、このワープロが壊れ、修理も出来ず新しいものも今では売っていないために、パソコンに変えた。パソコン教室にも通いながら使い方を覚えてパソコンで打ち直していった。そのパソコンも時代が変わりフロッピーが使えなくなり機種を変えて単語登録など一からやり直した。一応文字は打ちました。旧字体の文を再現するのは時間の要することです。今のパソコンでは一行に一時間もかかったことがあった。 

私のパソコン力はないです。辛苦の連続です。自分でまとめたこの作品を読み元気を出したこともあります。頂いた資料は原則、原文のまま掲載という方針で進めましたが、読めないのでは困ると思い一部修正した。今回はとても多い旧字、略字、ガリ版用文字、誤字等に外字を使わずに、近い文字をパソコンから見つけて打った。

この遠友夜学校の研究は高く、広く、深く到底一人では出来ません。関係書類を一箇所に集めて時代と内容の両方面から分担して、二代、三代かけて調べ上げるという文化的働きを要するものと思った。事業仕分けでカットされそうですが・・・。

平成六年二月二十二日(火曜日)道新に載った「歴史に光を当てたい」のタイトル、百年記念の講演の後、元生徒代表中村幹生氏のお話の中で、「教師の検証は終わった。次は生徒のことに向けてほしい」があった。そこに光を当てることが私の使命と考えて、その後80歳代の元生徒とのインタビュー、テープ起こし、そして手紙交換、電話等の連絡で、いただいた資料の整理をしていくと、昭和初期の人たちから特に後藤忠氏関係からのが多くありました。

現在では遠友夜学校の旧教師・生徒は多くない。

人の世は有限、どこかでピリオドを打たなければなりません。研究を続ける中で何か出てくれば研究追記で加えていきました。最後のまとめをしている中でも新しい発見があったがここではカットする。

今回のまとめはひとつの資料です。これからの私の予定としては時間の許す限り、遠友夜学校の研究にあてたい。たとえば、「銭凾海水浴」「学芸会」等々の行事を知らせたい。

遠友夜学校と有島武郎や新渡戸稲造等々人物の関わり、その心理面をみたい思いです。

当然のことですがこれは私一人で出来上がったものではありません。たくさんの方のご協力に感謝しております。三島徳三氏の仲介役として高杉直也氏、校正を請け負って頂いた後藤鎮義氏、パソコン関係で続真一氏、写真では横山榮紀氏には大変お世話になりました。

郷保雄氏、津田亮太氏、見山智宣氏はじめ札幌日大高校の先生方にお世話になり感謝しております。最愛の妻・二人の愛娘の家族があってこの研究もできたと思います。感謝です。

また資料を提供していただいたたくさんの方々に感謝しております。ここに周囲の皆様に改めて感謝いたします。まことにありがとうございました。おかげさまで、私には卓球(特に新卓球-ラージボール)、スクールカウンセラーの十二年、そしてこの遠友夜学校の研究に一応の区切りをつけることができました。今までの生活は変わりませんが、育ててくれた人々と仲良く同じ目線で生活し、社会貢献をして生きて行きたいと思い、すべての人・物に感謝しつつ、この書を全国の学校関係者並びにすべての国民に贈ります。

集まってきた、集めた範囲のまとめです。学校関係者、小中高校の先生方、保護者の方、生徒の皆さんに是非読んで頂きたいと思います。                   

最後になりましたが、誤字、脱字、表現のミス等多々あると思いますが、ご容赦願います。

この研究に、ご指導ご鞭撻頂けると幸甚に思います。

             平成二十二年十二月吉日   中川厚雄