(4)遠友魂 第三卷第二号から倫古龍會々誌改題 遠友魂となる。昭和三年七月三十日発

  行

 《倫古龍会報告の中に》「四月三日新任幹事相互の最初の幹事会を開く。幹事名中四から初五まで各二名、中二後藤、増田」《とある。後藤忠氏の作品》

 

 

 「日記から」                      中一 多田志

 朝湯にて

朝湯は靜かだ

底なし沼のやうに・・・

足の指先までも

数えられる程に

澄んでゐる

一九二八.六.六

 

水々しい菜が

健康さうに朝露を

受けてゐる

朝の膳に上がるのも

間もないことだらう

一九二八.六.四

 

父が育んだ菜

雨があがった

菜が一夜に

見違へる程に大きくなって

朝風に靡いてゐる

父が育んだ菜だ

一九二六.六.四

 

 

白いあやめ

花畑に白いあやめが咲いた。

けがれのない眞白な花だ

肥乃ない赤い土に・・・

                   一九二八.六、五

 

 

初夏

一雨ごとに

畑のものが伸びた

豌豆は白い花をつけた

一番遅かった馬鈴薯も

見違へる程に伸びた

大菜は思ひきり大きく伸びた

父の蒔いた畑はこんなに大きく

なって耒た

                 一九二六.六.十七

 

 

歸れる友に

元気な見送りの言葉に

はげまされて友は感激してゐた

君はいってゐたね

「札幌へ耒る時は元気で耒る

けれども

皈りはなんだか淋しさと

哀しさが胸に迫る・・・」

それを思ひ出して今車中で泣いてゐるだらう

友よ泣け―。

その心のいつまでも変るな

又皈る日に勇みて皈れ―。

喜び迎えやう・・・。

                   一九二八.五.七

 

 

四月八日詠

鍬とりて畑耕せば暖かき

土のぬくもり足裏に泌む

野原の霧立ちのぼりて向かふの家

靜かにゆらぎ見ゆるもなつかし

枯れ枝や落葉集めて重ぬれば

畑の若芽ひときわ目につく

けさ畑耕せし手にまめ三つ

われには得がたき寶と思ふ

国山の峠越ゆれば春浅く

畑の丘また丘につゞくも。

峠から街見下ろせば新しき

家並麓近くたちけり。

谷川の流れ岩にぞ砕けて

泡と散るさまも面白けり

いともとの色鮮やかなこぶしの木

 

 

五月十一日詠

水涸れし小川も溢れ水音の

さはやかに響く朝は清々し

学舎で鼾たてつゝ眠(い)ぬ友を

我見るたびにうらやましけり

けさも風強く吹きゐて砂ほこり

立ちゐたりたれば歩み辛けり

けふこそはけふこそはとて延ばせし

友へのたより今宵も書けず。

花たよりいつしか消えて人傳に

リリーの香り新緑に。

友我れと語り得ざるを惜しみて

下せし文を泪して讀む

樽前の麓の街に病癒す

友よ健やかに過ごしませや。

病おし我等に教しふる師乃心

何によりてぞむくひんものを。

師と語り皈る夜空に星髙く

靜まりかへる外かへる家路。

賑やかなまちも朝まだき静かに

夢まどろむか雨戸開かず。

朝靄の薄れにちらつくユニホーム

夜明かくるを待ちし人ならむ

 

 

 

六月七日詠

三時半床出でけるにほのぼのと

東雲の空しらみゐたり。

登山口三々五々と連なりて

上り下りする人垣つゞくも。

麓から朝靄拭はれ碁盤目乃

美しきまち浮かび出でけり

父君がにはかに逝きし悲しみを

友は語りて淋しく笑むも

父逝きし友のこゝろの哀しみを

何をもて我慰めやるらん

父が植えし豌豆の青葉陽受けて

伸び伸びと蔓いだしはじめけり

師の君を人違ひして呼び捨てし

我がこゝろのかな志かりしよ