新體詩

「日記の中から」                        中一 多田志

 

 

蜩よ鳴け

蜩が鳴いて居る

ポプラの葉陰で

北の短き夏を

我もの顔に享楽しつゝ

灼きつくような声で。

夕立が葉傳ひに

ゆさぶり行けど

鳴きつゞけてる。

蜩よ鳴け

夏は汝に与へられし樂園(パラダイス)なのだ。

歌えみじかき夏を

一九二七.八.三

 

 

微笑め

今日は何といふ

自分の心に憐れみを覚えたことか

他人が汝を罵ったとて

汝は大きく大きく

汝一人の心のうちに

しまって微笑んでゐれ

さすれば

皆は樂しく仕事に精出してゐるのではないか

汝一人が微笑め

                   一九二七.八.五

 

 

   弟の俤

小さくして逝った

弟の俤を見たいものだ

今はさぞ大きくなって居ることに

七人妹弟の中だれからも見ることのできない

死んだ弟の俤を思ひ出して見る

                        八.十五

 

 

月給ふところに

雨にぬれ

ペーブメントの上

輕い足はこぶ

今日の嬉しさ

灯鋪道に流れ

家路を急ぐ心地よさ

―父母の笑顔を思ひながら―

                        八.三○

 

感謝

空きたお腹に

熟れたトマトの味

バッチリと粒の揃った

ゆでキビの味

我家の畑から出た

この収穫!

おう―秋にこの喜びを

この味の中に

父母の汗と油の結晶が

盛られてあるのだ

                        九.一

   無題

薪割る手を休め

額の汗拭う時

母は朝餉の煙の中に

                        九.一

 

口笛

星空に

口笛を吹けば

遠くひゞきて

こだま靜かに返る。

誰吹くや

「夜の調」の口笛

とぎれとぎれにきこゆ

                        九.二八

 

 

幸福なものだ

遠ざかり―

狸ブラ歩む

灯したひて彷徨ふ明るい

幸福な顔。

後から後から續く

明るい幸福な顔。

―歩いてゐる間は幸福なのだ?

                        十.十九

 

無題

獨りでに木の葉色づき

風に誘はれず舞ふ―哀しき姿―

彼にも青葉濃かき夏ありしに

時耒るなれば至し方なし。

耒ん年を待つか強き芽あるを思ふ

 

                        十.十九

 

心よ急ぐ

貧しけれは

廉價なれど

大きな包み抱へて

早く家へ歸らうよ

家ぢや小さいはらからが

道行く跫音きくだびに

今か今かと

私の歸りを待ってるに

早く家へ歸らうよ

街は明るい照明鋪道の電燈が

眞晝のやうに。・・・

けふはたのしい晦日よ

「歸りにたんとおみやを・・・」

っていったら、小さいはらからは

ニッと顔見あはせ

私を見送ったっけ・・・。

                   一九二六・・・日記から。