十一月五日 水曜 曇後時々雨後晴

今にも降りそうな空模様だった。武男達の學校では今日遠足するそうだ。先日は雨に祟られたので今日までのばしてをいたのでした。いよいよけふと云ふに変な空模様、弟のやつ何思ったか遠足に行かないで本を持って學校へ行った。又けさも父と朝飯後顔を合った。陽が雲間からぬけた時早速外へ出た。けさは何時もよりそんなにつめたくなかった。十時半ころ雨が一仕切(一頻)りふった。直ぐ陽が照ってあかるくなった。又二時頃にそれから六時頃に一しきり又ふった。永井君に三十一日にかした金を貰った。津田君と一緒に途中でぶつかった。板垣さんが先月二十九日にワイフを貰ったんですと。これは初耳だ。明日社へ行ったら一つ。ヱヘ・・・。

夕飯を食べてから湯に入った。湯から上がった。雨の音がきこえる。大分降ってゐるなと思って出て見たら降ったあとだった。家へかへってから右の足を揉んでチオールをつけた。文壇苦行記中石野緑石と云ふ人が今年六十四才であるが四十五才で投書した。天晴れ桧舞台に出やうとしたが遂に刀折れ矢盡きてたほれたその心は思ひやるべし、等が『文章倶樂部』に出てゐた。

今晩は雨がふってゐるせいかあったかいやうだ。だが雨がはれたら急に寒け烈しくなった。

 

十一月六日 木曜 曇時々晴後一時雨。七時半起床

永井君に『文章倶樂部』をすました。朝仕事をしながら永井君や南波君と三人が読書に就いて種々な經驗話をした。けふ例外のことがあった。それは一時頃文字を分けたのです。二時頃だったと思ふ。みんながニコニコしながら、その中、僕も一人かもしれない。騒々しくなってきた。期末決算の配当も呉れるのだった。今年は九分五厘だ。年末の賞與は一割以上は免れないのだらうと俺達の予算(想)だ。清水さんから東分圑主催の活動寫眞の會券を買った、二枚を。第二回目の当直だった。相手は工藤、堀の兩君でした。七時半頃雨がふった。

大雨だったらしい。窓から覗いてみたら空は足早の雨雲が途切れ途切れてゐた。月がかすかに淡い光を雲間からだしてゐた。道の処々には水溜りが出來てゐて銀色に光ってゐる。風はフウーフウ-と物凄い音をたてゝゐるやうでした。九時半頃だ、社を出たのは。マントも足袋もはいてゐないので吹く風が身にしみて縮みそうだった。月はおぼろにかすんで鈍さうに下界を照らしてゐる。北の空は眞黒だ。今に降ってくるだらう。雷妻(いなづま)がピカッと光った。

雨がポツポツと顔にあたるのを覺えた。家へ皈ったら鍛治さんがきてゐた。父や鍛冶さんと政治論や支那論に花を咲かした。鍛冶さんがかへったら配当をだした。マントを買って貰ふことに決した。生まれて二十日にして赤ん坊に名を清とつけた。男みたい名だったので僕は清子と付けるやうに主張した。父もそうすると云ってゐた。零時二十分寢につく。

 

十一月七日 金曜 八時起床 晴

けふは何時になく好いお天氣だった。小春日和でうら暖かゝった。此の分なら日曜は好天気だらう。近所の田中さんの家や隣の家の前に人が沢山うようよしてゐた。お嫁さんの顔を見る人達であった。七時頃十字街の近所の中屋を素見した。維新堂の前で宮野君に會った。

一緒に狸小路へ行った。読売(唄を唄う書生)を四分ばかり聞いてゐた。時計屋で腕時計のリボンを買った。その足で地下室へ行った。コーヒ(-)やココアチョコレートを呑んだ。

家へ皈ってからリボンをつけやうと思ったがどうやってつけてよいか見当がつかなかったので、又狸小路へ付けて貰ひに行った。錦座やミマスの四等かん板だけを見てきた。行こうかもどるかを繰返して錦座へ十時半ころ入った。雨はザアザア降って呉るし。足袋を買ひに行った。初めて兩方を初はきした。

 

拾壹月八日 土曜 七時半起床 曇時々雨後雷雨

床の中から寝坊け面をしてそとをみたら向ひの屋根は眞白になってゐた。その割には暖たかいやうだ。いざ起きて見たら屋根から湯氣がぼうぼう上がってゐた。雪の積もった跡形もない。今朝は少しをかしいぞ。朝は稍々変な空模様だったが十時頃から降り、止みもせずに降った。四時頃から雷がピカッとなりだしたかと思ふとゴロゴロゴロゴロドカンと音がする。

段々暮れてゆくにしたがって益々烈しくなる、雨も。五時頃だった會社の電燈がぱっと消えた。十分たっても二十分も(そんなにどうだかわからない)出口に立ってしばらくためらった。何等待っても止みそうもないので尻卷くりをして雨の中を家路についた。途中四回ばかり雷の物凄い紫光線や耳をつんざくやうな雷の音。雷がピカッと光ると身震いをして立ち止まって縮こまった。停車場から以南、西一丁目から以西は眞黒だ。たゞ青色瓦斯が物凄い程にあたりを寂寥にしてゐた。札幌市の中樞たる商店街に電燈が一つもなくなったので本当に闇だ。二丁ばかり歩いてゐたら急にあたりが明るくなった。それもその筈今まで消えてゐた商店街の方に電燈が燦爛としてまたゝひてゐた。弟(武男)が俺の皈りを待ってゐた。

今晩學校に活動寫眞があるので伴れていって貰ほうと思って。六時二十分頃學校へ弟二人を伴れて行った。友達に五、六人あった。漫画「遠足」が一番最初に寫した。その間に阿由藥火災予防聯合組合長が三十分ばかり火災についての大獅子《?》をした。そのうちで今年は損害がわづか三万三千円だった。教育勅語からヒントを得た「母と子」四巻をやった。「運動解ぼう」中第八回オリンピック大會予選と派遣選手の各自得意のフォーム等を解ぼうして見せて呉れた。大好評を博した。国活の「寒椿」井上、水谷主演。醇朴な農家に起きた一寸したうそごとから悲劇を起こした悲しい物語でした。十一時頃終った。チャンスは沢山あったけれども俺にはそんな勇氣はなかった。乾君と一緒に皈った。板垣さんが貰ったのは風評に過ぎなかった。それを吹ちょうした俺は氣の毒だった。

二度とこんなことは言ふまいと心に誓った。寢につく頃零時半だった。

 

十一月九日 日曜 九時半起床 雨後曇時々雨晴

公休日だった。午前中は何にもしないで無為に過ごした。一時頃平岸の斎藤さんの処へ武男ちゃんと一緒に清子(赤ン坊)の二十一日のお祝に赤飯を持って行った。豊平本通の路の悪いこと全く足のやりばに困る位だ。それに電車線路の延長工事をやってゐる。あの狭い路の眞中に土をもってゐるのだから尚更のことだ。一時間もかゝってやっと家に着いた。皈りに林檎をどっさり貰った。正人ちゃんの家へ一寸寄った。家へ皈ったのは四時ころだった。

湯屋が臨時休業をした。晩に錦座へいった。「女は曲者」が初まってゐた。「山男の恋」久ぶりで藤野、柳の共演でした。柳もあの鈴のやうな眼を以って我々ファンを魅せられた。柳も大出來だった。中頃のシーンに曲馬圑が村から村へ流浪の旅の時に「旅人の唄」の奏樂や「オリエンタルダンス」の奏樂がいれられたのはあの劇を眞實に活した。名画「血と砂」を喜劇化した「新血と砂」でした。君塚が舌饒続きでみんなを笑はせました。「島に咲く花」正邦、梅村、武田等が共演した。小さい島の漁夫の娘と燈台看守の恋の物語でした。加藤青眼が熱と力の説明で一層力づけた。西塚、山本、中川の三君らも見た。

 

 十一月十日 月曜 七時半起床 雨後曇晴

 午前中はいやな天氣だったが午後から晴天になりました。今日勤儉日の第一日でした。全国津々浦々までの宣傳でした。世界的スペインの熱血文豪イバニエズ氏が自国政府の軍国的色彩が薄れ行かぬばかりか、益々暴君風の吹き荒ぶに「もう黙ってゐる時ではない。西班牙は亡国である。皇帝を引き倒せ。して共和国を樹立せよ」と叫んだので追放された。今は巴里に轉任したそうだ。其著は多々あるが中でも『黙示録の四騎士』や『血と砂』等は世界的名著です。

 

十一月十一日 火曜 曇雨後晴 八時起床

北京電報によれば張作霖、馮玉祥の兩雄はお互いに軍隊を引具して天津に入った。會議の前進は多難であらうと見られてゐるので各種圑体や列国外交官等が暗中飛躍をしてゐるそうだ。

また日露交渉は日本政府の訓令が到着したので解決の見込みがないと交渉が決裂するか否かは十二日には判明するだらうと。政本合同問題の急進派は普選案の通過を恐れて尚運動を繼続してゐる。狸小路の古本屋で一時間近く素見した。壹道古本屋で『中央公論』を二冊買った。

學友の斎藤君にあった。菓子を買って來て炬燵に入って『圖に乗って馬鹿を見た大泉黒石』黒石自叙傳を夢中になって読んでゐたら、「カンカンカン」と三つ音が鳴った。

三度目の時外へ出た。向かひの人が「豊平だ!豊平だ!」と云ったので早速家へ皈って仕度をして家を飛び出した。十一時四十分だらう。もう火は眞物の舌のやうな赤い舌を出して天をなめてゐた。走る途中動悸が烈しかったので心臓麻痺でも起こしてたほれるんでなからうかと心配した。現場へ着いた時やっと腕押しポンプが着いたばかりだった。小川木工場の倉庫でした。佐藤君にあった。宮野君と一緒に家へ皈った。恰度一時間半燃えてた。又本を読んで寢につく頃二時だった。

 

十一月十二日 水曜 九時起床 曇後一時雨

今朝方寢たばかりなのに頭は何にも異常がなかった。社へ行く途中佐藤、遠藤の兩君に會った。永井君に貸した『改造』、居場所に入ってゐた。それに藤森成吉の『その夜の追憶』が入ってゐたので借りた。局とピンポンの試合をやることになったので雇はれた。僕は十日も何にも稽古をしなかったのでさっぱり駄目だった(元來駄目のほうだ)が、二對一にて敗れた。味方は大敗するやうだので社を出た。家へかへったのは六時頃だった。夕飯後堤防傳ひに南五通まで行ったのでいい加減、寒くなった。十五夜月は今一片の雲におほわれてしまったので四辺は薄暗くなってゐる。『その夜の追憶』の第一章「故郷を去るまで」を全部読んだ。寢につく頃十一時半頃だと思ふ。今朝妹に一円を貸した、明日の晩にかへして貰ふ約束で。