映画「愛国者に気をつけろ」2020年2月公開 | 日々是湧日 ヒビコレユウジツ

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2021年までは、主に映画(ドキュメンタリー多、ネタバレ多)・書籍からの感想、2023年からは、映画・書籍にとらわれずにやってます。

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 鈴木邦男氏、政治活動家で愛国運動を60年に渡ってやって来た方である。
その方のドキュメンタリー映画をある方の推薦で視聴した。
私は、鈴木邦男氏のことをこの年まで知らなかった。
どんな映画なのか想像がつかなかったのだが、確かに気になるタイトルではあった。

【右翼を批判する右翼?】
鈴木邦男氏は、77歳(1943年生まれ)。
政治団体「一水会」元最高顧問であり、一貫して愛国者で天皇主義者である。
若い時には暴力により逮捕歴が10回ある。
自分でも右翼的な活動をして、自分の正義感を推し通そうと散々した来た人だ。
その鈴木氏が、いろいろな右翼が暴走して自滅するのを見てきて、これがあるべき姿なのか?と思うようになる。

自分が絶対に正しいと思う人が存在し、その正義を周りに押し付けてくる。
その正しいと思う人は、それを信じない人を排除しようとする。

「あなたちは、、、」とくくって、自分と区別して下に見て切り捨てる。
首相の発言にもよく出てくる。

鈴木氏は自らを、
「右翼だと言われるが、右翼という認識よりも、愛国心がある」
「そして極右ではない。」という。

【人の話を先入観なく聞く】
排除せずに意見の違う人の意見を聞く。
結論付けずに議論する。

鈴木氏は、様々な人との交流を持つ。
元オウム真理教の幹部上祐史浩氏や麻原彰晃の娘などとも話をする。
自分の意見を伝えるが相手の話を否定することをしない。
意見が異なる相手でも納得いくところは大いにうなづく。
麻原彰晃の娘は受け入れる鈴木氏に救われたという。
若者にも慕われ、邦男ガールズなる人も存在する。
その女性のひとりは、鈴木氏は先入観で人を見ることをしないという。

これはシュタイナーの言っている人間の成長と近い考え方だ。
「意見の異なる人を間違っていると指摘するような見方になってはいけない。なぜ意見が異なるのか?その原因を把握するために傾聴することが成長である。」

人は、例えばピアスを顔にたくさん付けている人に対して、過激な思想を持っているのでは?と警戒心を抱くようにできている。
これは危機回避の本能だからしょうがない感覚だが、そこから感覚を本能のままにせずに、客観的思考を働かせるのが人間が本来できることなのだろう。

愛国心が強く出た発言をする人に対して、その理由や背景を聞かずに「右翼だ」とレッテルを貼ってカテゴライズして、自分と異なる危険な人のボックスに入れる。
それで会話はストップ。理解が深まらずにそのボックスに対して批判だけをただただ繰り返す。
「左翼だ」という逆も同じ。
これは融合、合意形成から遠ざかってしまう。

鈴木氏がこんなことを言うと、愛国者ではない、と右翼から批判を受けもするという。
批判する人は”私とは異なっている”は、何でも”批判対象者”になる。笑。

鈴木氏は言う。
「昔のような思想は日本になくなった。ただ感情的になっているだけだ。」

【近代日本史の教科書】
近代日本史については、右翼と左翼の争いのため、しっかりと教育ができないままになっている。
これを教えるというコンテンツがしっかりと確定できない。
こういう意見とこういう意見がある、というところまで曖昧に書いてもいいのかもしれないが・・・
 

左翼も右翼も、全く寛容性がなくなってしまっている。
右翼左翼に限らず、ある思想が他の思想に対しての寛容性を失っている社会でもある。

【まだまだ学ぶ】
体調を壊し、自宅で療養をしている時でも鈴木氏は学び続ける。

「フロイトの弟子の本でなるほどと思ったことがある。
自分のことや自分の家族のことを正しくて素晴らしいと自ら言う人はいない。
いたとしたら自画自賛が非常に気持ちが悪い。

しかし、なぜか我が国は素晴らしいと言う人がいる。
これは自分や家族のことと同様におかしなことだ。
なるほど面白いと思ったね。」

国には、よいことをした歴史があり、悪いことをした歴史もある。
多面的である。

【トークショーにて】
上映終了後、退院したばかりの鈴木邦男さんも登壇。


「当時学生運動をしていた年輩の人が最近の若い人に向かって、最近の若者はデモをしない、けしからん、と言うが、今の若者は被災地に出向いてボランティアを盛んにしている。
年輩に向かって当時、あなたたちはボランティアに行ったのか?と聞いみるんです。笑


時代や環境の違いがある中でそれぞれが考えた結果が現実として起こっているだけ。
若者を熱がない、無知だ、などと先入観によるレッテル貼りからでは何も起こらない。
左だ右だのレッテル貼って、敵認定するところからは何も始まらないのと同じことだ。

【感想】
鈴木氏は面白い愛国者だ。
この映画で言われている内容は、右翼とか左翼とかだけでなく、社会全体のコミュニケーションに必要な汎用的な考え方、という意味で興味深い。

人間のあらゆると場面に先入観が生じる。
そしてわかったようになっている(わかったようにして安心して生きている)が実はわかっていない。
これは白、これは黒として区分けしておかないと気持ち悪くてしょうがないのかもしれない。
生活が忙しいから、一旦結論付けて終わらせたくてしょうがないのかもしれない。
ショートカットして、早くわかった大人になっていないといけないからなのかもしれない。

人間の本能として先入観は持つなとは言えないが、持ったとしても固定化せずに聞いた新情報から、常に更新できるように自分の中に置いておきたいと思う。

安倍政権が憲法改正を推進するなど、右傾化している、と言う人がいる。
右が愛国思想の人の集まりならば、政府の日本の水源を外国人が購入することへの対応、、水道の民営化、TPP(種苗法、モンサント)など愛国者の施策とは思えない。
私にとっては右傾化とはピンとこない言葉でもある。
政府の考える愛国と私の考える愛国が異なっているのだろうか?
それとも、今の憲法のままでは日本政府が外からの支配を受けて、思い通りにならないから、優先が高いものなのだろうか?
実体はわからない。

例えば、ドイツのメルケルが人道主義のもと、多くの難民を受け入れた。
これによってドイツ国民の仕事や国内の治安などに影響を及ぼして、国民から反発がでている。
日本では同様のことに対してどう選択するのだろうか?
国も(自分も)大切だし、人道主義も大切だと頭ではわかる。
 

右翼なのか左翼なのか?
人は右翼なのでもなく、左翼なのでもなく、都合よく時々で、右翼的意見だったり、左翼的意見だったりして、フラフラしているものなのだろうと思う。
だから、右翼の箱、左翼の箱に入れてしまったら進歩しないことは明白だ。