95歳の父親と87歳の母親の二人暮しを娘が追ったドキュメンタリー映画。
老夫婦は広島県呉市で二人暮しをしている。
老いてきているご夫婦。
娘は東京に住んでいる。
「呉に一緒に暮らそうか?」と提案するが「元気なうちは大丈夫」と父は断る。
母親は、言ったこと、あるいは、これからしようとしていることを忘れるケースが見られるようになってきた。
病院で検査すると、アルツハイマー型認知症と診断された。
脳画像で萎縮が見られた。
母は、物忘れに加えてだんだん家事が苦痛になる。
それでも、今まで通り洗濯機を使わずに、手ですすぎをしようとする。
「すずぎは3回」とこだわりを見せる。
外が曇っていてやや暗くても少しでも日が差していると電気はつけない。
私の母親を見ても、この時代の方々には特徴的な言動だと思う。
「もったいない」という素晴らしい精神である。
私の母親は「ふたあかり(※太陽の光と電気の光の2つの意味)は嫌だ!」とよく言っていたことを思い出した。
アルツハイマー型認知症の母親は、リハビリに出かけることにするが、当日で出かける前には行きたくないと拒否する。
いやいや行ってみると楽しかったと感じる。
ヘルパーの方に家に来て家事をしてもらうことにも抵抗する。
最初は、お客様を迎えるように緊張する。
あかの他人に身を任せることに気持ち悪さを感じる。
自分が家事をできなくなることに恐怖を感じる。
しかし、いろいろやってもらうと楽になった自分がいる。
今までは一切しなかった95歳の父親が食事を作ったり、買い物に行ったりするようになる。
95歳での買い物、ごみ捨てなどの家事は想像以上に大変なのだ。
買い物袋を抱えた父親は、道端で何度も休憩しながら、買い物から戻ってくるという状態だ。
そのうちの認知症の状態は更に悪くなる。
朝、ついに、起きれなくなる。
「何でこんなんなったんかなあ。」
「おかしくなったのかなあ。私。」
優しく穏やかに話す時もある。
一方で、
「起きれんのじゃ」
「みんなが邪魔者扱いする。」
「死ぬもう死ぬ。包丁で死ぬ。」
と泣き叫びながら、台所に向かおうとする。
「あん、あん」と言いながら壁や物をたたいて周りに当たる。
普段は温厚な旦那さんが、奥さんを怒鳴った。
「おー、あんた、何を言ってるんだ、一体!?どうしろって言うんだ?!あんたこそ身勝手なんだ。」
若い日の母の様子が写し出される。
社交的で書道展で表彰されたこともある母。
現在との対比が悲しい。
家の前の川沿いの道。
ご夫婦が二人で同じ道を歩く。
20年前 ?はシャンシャンと笑顔で歩く二人。
現在は腰も曲がり、ヨチヨチとなんとか歩いている二人。
この対比が月日を感じさせる。
【感想】
これはこの母親に特別なことでなく多くの人に共通するものではないかと思う。
やってきた自分、できると思ってきた自分。
それに対して、億劫になる自分、できなくなる自分。
明らかに迷惑になっている自分を感じる。
プライドが許さない。
自分の生きる価値を考える。
老いていく母親の葛藤が痛々しく映る。
私は両親を既に失くしている。
生前、常に一緒にいたわけではないが、似たようなことを経験しているように思う。
頑固になり、わがままになる。
いろいろなことに我慢ができなくなる。
うまくいかないといって嘆く。
自分の人生を恨む。
老いは誰にでもやってきて誰もが通る道。
人それぞれ、どこからどう老いるのかによって様々ではあるが、人生の最後に人がどうしても越えないといけない課題のように感じた。
