源十郎と大根 ~ 佐助稲荷神社 鎌倉 【東京・横浜探訪】
境内のはしに、こんこんとわき水をたたえた「霊狐泉」があります。
佐助の稲荷山は古来より、麓の田畑をうるおす水源地となっていました。
人びとは、この湧水を霊狐の神水として称えていたのですね。
社殿の裏手に、さらに階段がつづき、その先が佐助稲荷の本殿になります。
本殿にも、たくさんの狐さんがいらっしゃいます。
これらの狐さんは、社務所で購入できます。
人によっては、こちらに治め、また人によっては、自宅へ連れて帰り、神棚にお祀りされるそうです。
さて、佐助稲荷には、このような伝説があります。
昔、源十郎という魚商人がいました。
由比浜を歩いていると、狐が犬に追いかけられていました。
とっさに源十郎は、狐を背負った籠の中にいれて、助けました。
その夜、夢の中に助けた狐が夢にでてきて、昼間のお礼に、佐助谷に大根をつくるようにと勧めるのでした。
源十郎は、夢のお告げの通り、大根をつくりはじめます。
その年の冬のことでした。
鎌倉中に疫病が流行り、死人もでるほどのあり様でした。
とある貴人の夢に、神仏があらわれます。
佐助谷の源十郎がそだてた大根を食すと、たちまち、疫病は退散するだろうと語ります。
夢のお告げのとおり、貴人は源十郎の大根をもとめ、食したところ、たちまち疫病がなおったのでした。
このうわさはすぐに鎌倉中にひろまり、だれもかれもが源十郎の大根をもとめました。
源十郎は裕福になり、狐の御利益に感謝し、稲荷明神の社殿を建てたのでした。
うーむ。頼朝の夢と、源十郎の御話、どっちが先だったんだろう・・・
佐助稲荷神社、おみくじひいたら、大吉でした。
(°∀°)b
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「神仏おそれぬ羽柴秀長、 白狐源九郎に折伏される 」
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人びとは、この湧水を霊狐の神水として称えていたのですね。
社殿の裏手に、さらに階段がつづき、その先が佐助稲荷の本殿になります。
本殿にも、たくさんの狐さんがいらっしゃいます。
これらの狐さんは、社務所で購入できます。
人によっては、こちらに治め、また人によっては、自宅へ連れて帰り、神棚にお祀りされるそうです。
さて、佐助稲荷には、このような伝説があります。
昔、源十郎という魚商人がいました。
由比浜を歩いていると、狐が犬に追いかけられていました。
とっさに源十郎は、狐を背負った籠の中にいれて、助けました。
その夜、夢の中に助けた狐が夢にでてきて、昼間のお礼に、佐助谷に大根をつくるようにと勧めるのでした。
源十郎は、夢のお告げの通り、大根をつくりはじめます。
その年の冬のことでした。
鎌倉中に疫病が流行り、死人もでるほどのあり様でした。
とある貴人の夢に、神仏があらわれます。
佐助谷の源十郎がそだてた大根を食すと、たちまち、疫病は退散するだろうと語ります。
夢のお告げのとおり、貴人は源十郎の大根をもとめ、食したところ、たちまち疫病がなおったのでした。
このうわさはすぐに鎌倉中にひろまり、だれもかれもが源十郎の大根をもとめました。
源十郎は裕福になり、狐の御利益に感謝し、稲荷明神の社殿を建てたのでした。
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