もう一つの伝説? ― 豊受開発稲荷神社 ~ 小野弁財天神社・摂社 鶴見区小野町【東京・横浜探訪】 | 奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ

もう一つの伝説? ― 豊受開発稲荷神社 ~ 小野弁財天神社・摂社 鶴見区小野町【東京・横浜探訪】

TOKYO歴史ミステリーハンター★鈴木 です。

再び
小野弁財天神社 におとずれました。

めあては豊受開発稲荷 さんです。


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民家に挟まれたところにあり、このお稲荷様は民家の壁際にあります。

そこに手水がありました。
鉄のふたをしており如何にも今は使っていません。


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この手水鉢、なんと天保11年に奉納されたものとあります。

こちらの由緒書きをうかがうと、アレッ?と首をかしげてしまいました。
前回紹介した「海運を護る狐火―豊受開発稲荷神社 」由緒と似ていますが内容が異なっていたのですね。


小野弁財天の由緒と書かれていたことと少し違っていたのですね。

それは、こんな内容です。

「お稲荷様と手水鉢」
この手水鉢には、天保十一年十二月(西暦1841)
  下総国野田町
  神奈川青木町 大野喜八
  同所 柏屋
奉納と記されている。

昔、この地が鶴見川の河口付近の浅瀬であったころ、防潮堤の松林の中に、弁財天とお稲荷様が祀られていました。
ある日、積荷を満載した船が満潮時にあわせ河口についた。
おりしもみぞれ混じりの風雨の中、闇夜とかさなり一寸先も見えず水路を見失い難渋していた。
そこへ不思議や誰も灯を付けた者がいないのに一条の光が水面を照らし、船は無事に船着き場に入ることができました。
これは「御生成り」様の霊顕であると大いに喜び、感謝の誠心を捧げるとともに、お礼にこの手水鉢を奉納されたものであると伝えられる。

小野弁財天の由緒書きは祠が建てられた由来で、こちらにはその後の手水鉢が奉納された経緯が記されているように思えますね。


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徳川家により江戸が開拓された時代。
いたるところの地方から人が集まってきて町を拓いたそうです。

それにまつわる伝説が、この横浜・東京には多くのこされているようです。

この小野弁財天と豊受開発稲荷もそのひとつですね。


今回再びおとずれたのは、この神社の名前の由来を知りたかったのですね。
豊受開発稲荷神社”。
”開発”という二文字がなぜ入っているのか。
このあたりが開墾された(開発された)地だからという想像はしていましたが・・・
結局分からずじまいでしたね。

A=´、`=)ゞ

・・・

さて、御参りするため鳥居をくぐると、ギョッとしました。
Σ(゚д゚;)

祠の真横に、さわやかな風に、洗濯ものが揺れています。
民家の壁が切れて、祠の真横が勝手口のようになっています。
あまりにも間近にタオルや、パンツ、靴下がぶら下がっていてひるんでしまいました。
( ̄_ ̄ i)






ところで、ここらは猫が多いです。

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こちら。

人間なぞ、なれたものか、私が近づいてもずっとこの調子で向かいあっています。

なんだかお話をしているようです。
(=⌒▽⌒=)