ヨリキ ~ 都祁 山添 月ヶ瀬に残る俗習 | 奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ

ヨリキ ~ 都祁 山添 月ヶ瀬に残る俗習

これもNPOつげの方からうかがいました。

ヨリキ”。

多分、”与力”と書くのでしょうね。

時代劇などで、お侍さんが○○奉行所・与力など名乗っていつのを聞きますよね。

いってみれば町の治安を守るお侍さんのまとめ役、上司的な存在ですね。

村にも”ヨリキ”がいました。

村での冠婚葬祭などとりしきっていたそうです。

村での災害時にはリーダ役を担っていたそうです。

たとえばA男くんが、B子さんが好きあっていました。
結婚したくてA男くんはB子さんの
両親に、
「B子さんを、ください!」
と両親に承諾を得ても、それでは結婚できないのです。
更に村の与力に伺い首を縦にふらないとだめなのだそうです。

ヨリキには村の有力者の家系が担っていたそうです。

都祁では近年に廃止されたそうです。

山添、月ヶ瀬あたりでは、まだ根強く残っていると伺いました。

村が共同体であったときの名残なのでしょう。

源九郎稲荷神社 の中川さんの奥さんも月ヶ瀬出身で、ヨリキがいたとおっしゃっていました。

村人たちが協力しあって、山の木々を切り倒し、土地を耕し、田畑をおこしていた時代。

現代は、人びとの生活の重きは、”会社”が担っているのでしょうね。

村を出て、町に住み会社に勤める現代。

村は住むだけのところ、はたまた故郷となってしまいました。

時代によって共同体のありかたは大きくかわっていくようです。




”シ”と向き合うこと。~ お渡りの儀式。